司法試験という難関を突破し、多くの時間と費用をかけて手にした「弁護士」という資格。それでも、実務に就いてから「この働き方を続けられるだろうか」と立ち止まる人は少なくありません。

この記事では、日本弁護士連合会(日弁連)や日本組織内弁護士協会(JILA)が公表している統計をもとに、弁護士という職業で語られやすい離職・転身の理由を整理します。特定の事務所や企業を批判する意図はなく、あくまで業界全体の傾向として扱います。また、記事の後半で転職支援サービスのジャンルに触れる箇所があり、一部にアフィリエイトリンクを含む場合があります。

なお前提として、弁護士は社会的信頼も報酬水準も高い職業であり、やりがいを持って長く続けている人も数多くいます。以下は「辞めたくなる人がいる理由」の整理であって、「全員が辞めたがっている」という話ではありません。何を負担と感じるかは、人によって大きく異なります。

最初に:弁護士には「離職率」という公的統計が存在しない

先に断っておきたい点があります。厚生労働省の「雇用動向調査」は事業所を対象とした調査で、産業別・職業別の離職率は公表されていますが、弁護士という資格職単位の離職率を示す公的統計はありません

日弁連が公表しているのは、会員数の推移や、弁護士登録の「登録換え・登録取消し」の件数です。これらは離職率とは性質が異なる指標であり、そのまま「弁護士の何%が辞めている」と読み替えることはできません。この記事では、その限界を前提にしたうえで、参照できる数字を並べていきます。

前提整理:弁護士の「辞める」には3つの意味がある

一口に「弁護士を辞める」と言っても、実際には段階の異なる3つの行動が混在しています。自分がどれを検討しているかで、取るべき選択肢はまったく変わります。

種類内容資格の扱い
① 事務所を移る別の法律事務所へ移籍(登録換えを伴うことも)弁護士として継続
② 働き方を変える企業の法務部門(インハウス)、官公庁、独立開業などへ転身弁護士として継続
③ 資格から離れる弁護士登録を取り消し、法曹以外の道へ登録を抹消

「辞めたい」という感情の多くは、実際には①か②で解消するケースが少なくありません。

この記事に出てくる用語

  • アソシエイト…事務所に雇われて働く勤務弁護士。業界内で「イソ弁」と呼ばれることもあります。
  • パートナー…事務所の共同経営者にあたる立場。
  • インハウスローヤー(企業内弁護士)…企業や団体に所属して働く弁護士。
  • 登録換え…所属する弁護士会を変更する手続き。事務所移籍に伴うことが多い。
  • 登録取消し…弁護士名簿から登録を抹消すること。

なお、事務所に籍だけ置いて自分で案件を受任する働き方を「ノキ弁」、修習修了後すぐに独立することを「即独」と呼ぶ言い方が業界内にありますが、いずれも俗称で、当事者によっては揶揄的に受け取られることもある表現です。

統計で見る:実際にどれくらいの人が辞めているのか

弁護士人口は増え続けている

日弁連「基礎的な統計情報」によれば、弁護士数は一貫して増加傾向にあり、2024年3月時点で4万5,000人台に達しています。また同統計の2025年版では、2025年3月31日時点の女性弁護士が9,407人で、弁護士全体に占める割合は約2割とされています(人数と比率で基準時が1年異なる点はご留意ください)。

いずれにせよ、業界全体で見れば、人が抜けて縮小している職業ではありません。

「登録取消し」は年300〜400件台の規模。ただし=廃業ではない

日弁連『弁護士白書』には、毎年「登録換え・弁護士登録取消し件数」が掲載されています。2023年版(2013年度〜2022年度分)を見ると、登録取消しの件数は年度による幅はあるものの、おおむね年300〜400件台の規模で推移しています。4万人を超える母数に対して、比率としては年1%未満です。

ここで注意したいのは、登録取消し=廃業ではないという点です。登録取消しの請求には、

  • 高齢による引退
  • 裁判官・検察官への任官
  • 国・自治体などの公務就任に伴う登録の扱いの変更
  • 企業就職に伴い、弁護士登録を維持しない選択をしたケース

といった、性質のまったく異なるものが含まれます。「請求による取消し件数がほぼ廃業数である」という読み方は、少なくとも日弁連が公式に示しているものではありません。この数字は「資格から完全に離れる人の上限の目安」程度に捉えるのが妥当です。件数の最新値を知りたい場合は、白書の最新年版をご確認ください。

動いているのは「働き方を変える人」の数

数字が大きく動いているのは、③ではなく②です。JILAの集計によれば、企業内弁護士は2001年の66人から増加を続け、2025年6月30日時点で3,500人を超える規模になりました。同時点での女性比率は4割前後と、弁護士全体(約2割)を上回っています。

JILAはこの人数を毎年7月ごろに更新して公表しているため、本記事執筆後により新しい数字が出ている可能性があります。最新値はJILAの公表資料をご確認ください。

いずれにせよ業界の実態は、「弁護士を辞める人が急増している」というより、「法律事務所という働き方から、別の働き方へ移る人が増えている」と表現するほうが、統計とは整合的です。

辞めたいと感じる理由①:労働時間の長さと、休みの読めなさ

体験談ベースの記事で最も多く挙がるのが、時間の問題です。

日弁連「弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査2020」(2021年公表)では、弁護士の年間労働時間は平均2,321.2時間・中央値2,340時間。年3,000時間を超えると回答した人が16.7%いた一方、2,000時間以下も30.6%と、ばらつきの大きさが特徴です。

なお、この調査は現時点で参照できる最も大規模な実態調査ですが、調査自体は2020年に実施されたもので、数年前のデータである点はご留意ください。

年2,340時間を単純に52で割ると週45時間相当ですが、これは「休暇や閑散期も含めた年間の平均」です。実際に週末や長期休暇を取得すれば、稼働している週の労働時間はこれより長くなります。また、問題は総量よりもコントロールのしにくさにある、という声が少なくありません。

  • 期日・提出期限は裁判所や相手方の都合で決まり、自分で動かせない
  • 依頼者からの緊急連絡が時間帯を選ばない
  • 案件の山と谷が激しく、長期の休暇予定を立てづらい

「家族との時間が取れない」「予定が直前で崩れる」といった不満が繰り返し語られるのは、労働時間の総量というより、予測のしにくさの問題だと考えると理解しやすくなります。

辞めたいと感じる理由②:収入の「平均」と「中央値」の開き

同じ2020年調査では、経費控除後の所得は平均1,119万円、中央値700万円という結果でした。平均が中央値を400万円以上上回っているのは、上位層が全体を押し上げているためです。

一般に語られる「弁護士=高収入」というイメージと、自分の手取りとのギャップ。ここに、以下のような事情が重なることがあります。

  • 法科大学院・司法試験までの学費や生活費で背負った負債の返済
  • 弁護士会費など、資格維持にかかる継続的な費用
  • 独立直後は受任が安定せず、収入が読めない時期がある

「仕事量に対して報われていない」と感じる局面は、業務量そのものより、この期待値とのズレから生まれやすいと言えます。

辞めたいと感じる理由③:精神的な負荷が構造的に大きい

弁護士の業務は、依頼者の人生や企業の存続に直結します。刑事、離婚、相続、労働、倒産——扱う案件の多くが、当事者にとって人生で最も苦しい局面です。

  • 判断の一つひとつに重い責任が伴う
  • 依頼者の強い感情を正面から受け止める役割になりやすい
  • 結果が出なかったとき、不満が直接自分に向かうことがある
  • 守秘義務があるため、業務上の悩みを外部に相談しづらい

やりがいの源泉と、消耗の原因が同じ場所にあるのがこの仕事の難しさです。「向いていない」のではなく、負荷が構造的に大きい業務だと捉えたほうが、対処法を考えやすくなります。

辞めたいと感じる理由④:組織の規模による、働きやすさの振れ幅

法律事務所は、数名規模の組織も珍しくありません。規模が小さい組織では、一般的に次のような構造になりやすい面があります。

  • 評価者・指導者・経営者が同一人物になりやすく、相性が日々の働きやすさに直結しやすい
  • 方針や指導スタイルが合わないときに、部署異動という選択肢を取りにくい

これは事務所の良し悪しの話ではなく、組織規模に由来する構造的な特徴です。小規模でも労務環境が整っている事務所は数多くありますし、大規模事務所でもチーム替えや取扱分野の変更といった調整が行われることはあります。ただ、一般企業なら「異動」で解決しうる問題が、事務所では「移籍」という手段に向かいやすい——この傾向は、弁護士の転身が起きやすい一因と考えられます。

なお、業務上の悩みやハラスメントについては、日弁連および各弁護士会が相談窓口を設けています。一人で抱え込む前に、こうした窓口を利用する選択肢があることは知っておいて損がありません。

辞めたいと感じる理由⑤:成長実感とキャリアの見通し

規模の大きい事務所では、若手のうちはリサーチ、書面のドラフト、資料整理など案件の一部分を担当する時期があり、「案件の全体像が見えない」と感じる人がいます。逆に、小規模事務所では早くから全体を任される代わりに、相談できる相手が限られると感じる人もいます。どちらが良いという話ではなく、どの環境が自分に合うかの問題です。

昇格までの年数や、パートナーへの道筋は事務所ごとに大きく異なります。その中で「この先10年のロールモデルが、自分のなりたい姿と違う」と気づくタイミングが訪れることがあります。これは職場の問題というより、キャリアの方向性の問題です。

辞めたいと感じる理由⑥:ライフイベントとの両立

弁護士は個人の裁量が大きい反面、案件が個人に紐づくため、長期の離脱がしづらい職業でもあります。出産・育児・介護といったライフイベントと向き合うタイミングで、事務所勤務の形態が合わなくなるケースがあります。

企業内弁護士で女性比率が全体より高い背景として、JILAの調査では組織内弁護士が職場を選ぶ理由に「ワークライフバランス」が上位に挙がっています。これは「事務所が悪い」のではなく、ライフステージによって最適な働き方が変わるという、ごく自然な話だと考えられます。

辞める前に検討したい:資格を手放さずに変えられること

統計上、③の登録取消しまで進む人はごく一部です。その前段に、次のような選択肢があります。

  • 同じ事務所内で扱う分野を変える — 負荷の質は分野によって大きく異なります
  • 事務所を移る — 規模・分野・報酬体系・働き方の異なる事務所は数多くあります
  • 企業内弁護士になる — 勤務時間の予見可能性を重視する選択肢
  • 官公庁・自治体・独立行政法人などで働く — 任期付公務員という道もあります
  • 独立開業する — 裁量は最大になる一方、経営リスクを自分で負う
  • 資格を活かした周辺領域へ — 法務コンサル、リーガルテック、教育、執筆など

「辞めるか、我慢するか」の二択で考えると苦しくなりますが、実際の選択肢はもっと連続的です。

続けるか、動くかを判断するための3つの視点

  • 不満の発生源はどこか — 職業そのものか、今の職場か、今の分野か。職場や分野が原因なら、資格を手放す必要はありません。
  • 時間軸で変わる見込みはあるか — 経験年数で改善する性質のものか、組織の構造に由来するものか。後者なら、待っても変わりにくい可能性があります。
  • 健康が損なわれていないか — 睡眠・食欲・気分の変化が続いている場合は、キャリアの検討より先に、医療機関や所属弁護士会の相談窓口を頼る判断が優先されます。

情報収集の選択肢を知っておく

すぐ動くつもりがなくても、「今の自分がどんな選択肢の中にいるのか」を把握しておくことには意味があります。弁護士の場合、一般的な総合型の転職サービスより、次のようなジャンルのほうが情報を得やすい傾向があります。

  • 法曹・士業特化型の転職エージェント — 事務所ごとの体制や案件の性質など、求人票に出ない情報を持っていることがある
  • 企業法務・管理部門に強いエージェント — インハウスへの転身を考える場合の選択肢
  • 弁護士会や同期・先輩のネットワーク — 求人以前の、実感ベースの情報源
  • 求人データベース型のサービス — 相場観を自分のペースで確認したいとき

どのサービスにも得意分野と偏りがあるため、1社だけの話を鵜呑みにせず、性質の異なる2〜3種類を並べて比較するのが現実的です。守秘の観点から、在職中の情報管理の方針を最初に確認しておくと安心でしょう。

登録だけして相場を眺め、「思ったより選べる」と分かった時点で今の職場に留まる、という結論もまったく妥当です。選択肢を知ることと、辞めることは別の行為です。

この記事のまとめ

  • 弁護士には「離職率」にあたる公的統計がなく、会員数や登録取消し件数から間接的に推測するほかない
  • 弁護士人口は増加傾向。登録取消しは年300〜400件台の規模だが、引退・任官・公務就任なども含まれ、廃業数そのものではない(日弁連『弁護士白書』2023年版)
  • 企業内弁護士は2025年6月末時点で3,500人超と、「働き方を変える」人は明確に増えている(JILA)
  • 年間労働時間は平均2,321.2時間、所得は平均1,119万円・中央値700万円と、ばらつきが大きい(日弁連、2020年実施調査)
  • 「辞めたい」の多くは、職業ではなく職場・分野・働き方の不一致から生じている可能性がある

ここで挙げた理由は、公表統計に表れやすい傾向をまとめたものであり、すべての弁護士に当てはまるものではありません。同じ環境でもやりがいを感じて長く働いている方は数多くいますし、何を負担と感じるかは人によって大きく異なります。

参考資料