「今月の数字、まだ0件」「日曜の夕方に鳴る電話」——不動産営業の方から、こうした声はよく聞かれます。一方で、同じ仕事を10年20年と続け、大きなやりがいを感じている方もたくさんいます。
この記事では、「不動産営業は辞める人が多い」という印象が統計的にどこまで裏づけられるのかを確認し、辞めたいと感じる理由を6つに整理しました。感情論ではなく、公的統計と調査データをベースに整理することを心がけています。
なお、この記事では転職サービスのジャンルについて触れる箇所があり、一部にアフィリエイトリンクを含む場合があります(掲載内容の判断に影響しないよう、特定1社を断定的に推す書き方はしていません)。
まず数字を確認:不動産営業の離職は本当に多いのか
業界全体の離職率は「年と集計対象によって上下が入れ替わる」
厚生労働省「雇用動向調査」では、産業別の離職率が毎年公表されています。「不動産業,物品賃貸業」の数字を追うと、次のような動きになっています(パートタイム労働者を含む常用労働者全体)。
| 年 | 不動産業,物品賃貸業 | 産業計 |
|---|---|---|
| 令和5年(2023年) | 16.3% | 15.4% |
| 令和6年(2024年) | 13.5% | 14.2% |
令和5年は産業計を約0.9ポイント上回りましたが、令和6年は13.5%と、産業計14.2%を下回っています。
さらに、パートタイムを除いた「一般労働者」ベースで見ると、令和6年は不動産業,物品賃貸業が12.6%、産業計が11.5%で、こちらは産業計をやや上回ります。つまり、パートタイムを含めるかどうかで上下関係が入れ替わるということです。
まとめると、統計から言えるのは次の範囲にとどまります。
- 直近年(令和6年)の常用労働者全体では産業計を下回っており、「突出して離職が多い業界」とまでは言えない
- ただし一般労働者(パート除く)ベースでは産業計をやや上回る年があり、「やや高めの傾向がある」程度の読み方が妥当
- 年による振れ幅が大きく、単年の数字だけで語ると印象が偏りやすい
もう一つ注意したいのは、この分類が「不動産業」と「物品賃貸業」をまとめたものであり、さらに不動産業の中には管理・賃貸・売買仲介・デベロッパーなど働き方が大きく異なる仕事が混在している点です。営業職単体の離職率を示す公的統計は存在しません。
そのため、「不動産営業の離職率は○%」という数字を目にしたときは、出典(公的統計か民間調査か)と算出方法(母数、対象期間、職種の切り方)を確認したうえで読むことをおすすめします。これは他媒体への批判ではなく、営業職単体の公的データが存在しないという構造上、どうしても推計や独自集計に頼らざるを得ないためです。
若手の早期離職は、産業別で上位に入りやすい
より差が出やすいのが、新卒者の早期離職です。厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」では、産業別の3年以内離職率が公表されています。
最新の公表分である令和4年3月卒業者では、大学卒の3年以内離職率は産業計で33.8%でした。「不動産業,物品賃貸業」はこれを上回る産業別上位グループに位置する年が多く、若手の定着が課題として語られやすい業界です。
ただし、産業別の具体的な数値は卒業年次ごとに変動します。正確な数字を知りたい場合は、厚生労働省の公表資料で最新年次の産業別表を直接ご確認ください。当記事では、年次ごとの数値を網羅的に検証できていないため、「上位グループに入りやすい」という傾向の指摘にとどめます。
若手に限ると離職が目立ちやすい背景として、次のような構造が考えられます。
- 未経験・無資格から始められる求人が多く、入口が広い
- 成果が数字で可視化されるため、早い段階で向き不向きを自覚しやすい
- 個人の売上が報酬に反映される設計の職場では、合わないと感じたときに動くハードルが相対的に低い
離職率の高さは「悪い仕事だから」だけでなく、入口が広く流動性が高い労働市場の特徴でもあります。ここを混同しないことが、自分の判断を誤らせないポイントです。
不動産営業を「辞めたい」と感じる6つの理由
以下は、雇用動向調査で示される一般的な離職理由と、編集部が確認した不動産業界向けの解説記事・体験談記事(業界メディアおよび人材・不動産系事業会社のコラム、十数件)に繰り返し登場するテーマを突き合わせて整理したものです。ランダムサンプリングによる調査ではないため、順番は出現頻度の目安であり、統計的な順位ではありません。
1. 目標数字(ノルマ)が常に横にいる
体験談系の記事で頻繁に挙がるのが、月次・四半期の目標に対するプレッシャーです。不動産は単価が高く成約件数が少ないため、「1件決まるかどうか」で評価が大きく変わる職場が少なくありません。
- 1件の重みが大きく、月末まで結果が読めない
- 朝礼や日次報告で進捗が共有され、未達が可視化されやすい
- 好調な月と不調な月の落差が、そのまま気分の落差になりやすい
これは個人の能力の問題ではなく、高単価・低頻度の商品を扱う営業モデルに構造的に伴う負荷と考えられます。同じ理由で、成約したときの達成感が非常に大きいのもこの仕事の特徴です。
2. 収入の「振れ幅」が大きい
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(令和6年)では、一般労働者の所定内給与額を産業別に見ると、「不動産業,物品賃貸業」は産業計を上回る水準にあります。ただしこの平均には管理職や高年齢層、法人向け・物品賃貸業の従事者も含まれており、年齢構成や職種構成の影響が大きいため、個人の実感とは一致しにくい数字です(具体的な金額は同調査の産業別表をご確認ください)。
実態として語られやすいのは、平均値よりも分散の大きさです。歩合(インセンティブ)比率が高い設計では、成果次第で同僚と年収が大きく変わることもあります。「稼げる」と「読めない」は同じコインの裏表で、住宅ローンや子育てなど固定支出が増える時期に、この読めなさが負担に変わるケースがよく語られます。
なお、雇用動向調査(令和6年)の「転職入職者が前職を辞めた理由」の集計では、男性で「給与等収入が少なかった」が個人的理由の上位に入り、「会社の将来が不安だった」は前年からの伸びが大きい項目として報告されています(数値は同調査 概況の転職入職者に関する集計表に基づきます)。収入額そのものより、将来の見通しの不確かさが動機になっている側面が読み取れます。
3. 労働時間と休日が「顧客の都合」で決まりやすい
顧客が物件を見に来られるのは土日祝や平日夜であることが多く、平日定休・土日出勤のシフトを採る職場が多いとされます(全社に当てはまるわけではなく、完全週休2日制や土日どちらか休みを打ち出す企業もあります)。家族や友人と休みが合いにくい、という声はここから生まれます。
民間の労働時間集計では、不動産業の月平均残業時間が全産業の中で長い側に挙げられることがありますが、集計主体・母数によって数値は大きく変わるため、あくまで傾向として捉えてください。
雇用動向調査(令和6年)では、女性の転職理由で「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」が個人的理由の上位にあり、前年から伸びた項目として報告されています。これは産業横断の数字ですが、休日・時間の条件が転職の引き金として大きくなっている流れは、不動産営業にも重なるテーマです。
4. 組織文化・人間関係が合わない
「本音の退職理由の上位に人間関係が来る」という傾向は、不動産業界に限らず多くの退職者調査で共通して見られます。不動産営業の文脈では、次のような形で語られることがあります。
- 成果が数字で明確に出る分、評価や指導が率直に伝わる職場がある
- 短期の目標管理が強い環境では、声かけが強い指導に感じられる場面がある
ただし、これは業界全体の性質ではなく、職場ごとの差が非常に大きい領域です。数字の管理が厳しい職場もあれば、プロセス評価やチーム支援を重視する職場もあります。「体育会系」という一括りのイメージで判断すると、実態を見誤ります。
ここは業界の問題と個別企業の問題を混同しやすいところでもあります。後述する切り分けの質問が役に立ちます。
5. 「売る」ことと「良い提案をする」ことのズレ
住まいや資産という、顧客にとって人生最大級の買い物を扱う仕事です。だからこそ「今月の数字のために、今この物件を勧めるべきなのか」という葛藤が生まれることがあります。
この葛藤は、むしろ顧客本位の意識が高い人ほど強く感じやすいタイプの負荷です。「自分は営業に向いていない」と結論づける前に、扱う商材や販売スタイル(反響中心か新規開拓中心か、仲介か自社物件か)を変えるだけで解消する場合もあります。
6. キャリアの先が見えにくい
「40代・50代になってもこのペースで走れるのか」「成約数以外に積み上がっているスキルは何か」という問いは、30代前後で強く出てきやすいテーマです。
一方で、宅地建物取引士(宅建士)などの資格、顧客対応力、法務・税務・金融の実務知識は、不動産管理、ファイナンス、建築・住宅設備、不動産テック(PropTech)といった隣接領域で評価されやすい資産でもあります。「積み上がっていない」と感じるのは、棚卸しをしていないだけという可能性も検討する価値があります。
同じ「不動産営業」でも、しんどさの種類は違う
ここが、この職業を考えるうえで一番見落とされやすいポイントです。不動産営業と一口に言っても、扱う商材や顧客によって仕事の進め方は別物になります。
※以下の表は公的統計ではなく、編集部が業界の一般的な分類を整理したものです。実際の業務内容・負荷は企業や部署によって大きく異なります。
| 業態 | 主な顧客 | 業務スタイルの違い(編集部による一般的な整理) |
|---|---|---|
| 賃貸仲介 | 個人の借主 | 単価は低く件数が多い。繁忙期(1〜3月)に業務量が集中しやすい |
| 売買仲介(買主側) | 個人の買主 | 問い合わせ対応(反響)が中心の職場が多く、未経験の入口になりやすい |
| 売買仲介(売主側)・仕入れ | 売主・地主・事業者 | 新規開拓の比重が高い職場がある一方、紹介・データ活用中心の会社も増えている |
| 新築分譲・ハウスメーカー | 個人の購入検討者 | 来場型が中心で土日が主戦場。商談期間が長い |
| 投資用不動産 | 投資目的の個人・法人 | 単価が大きく、金融・税務の知識が求められやすい |
| 不動産管理・法人向け | オーナー・テナント企業 | 既存顧客対応が中心で、月ごとの目標変動は比較的小さいとされる |
「不動産営業が無理だった」という感覚の中身が、新規開拓なのか、土日出勤なのか、歩合の不安定さなのかによって、次の一手は大きく変わります。業界内の横移動で解決することもあれば、営業以外の職種(管理、事務、企画、不動産テック関連)が答えになることもあります。
業界側も変わりつつある、という事実
離職理由を並べると悲観的に見えますが、業界の側も手を打っています。今このテーマを考える価値があるのは、環境が動いている時期だからです。
- 人手不足:定着率が経営課題として認識され、目標設計や評価制度の見直しに踏み込む企業が増えています
- 制度面の変化:賃貸借契約・売買契約の電子化(電子契約)やIT重説の普及により、書類作成や訪問に伴う移動時間が削減されやすくなりました
- DX・不動産テック:顧客管理や物件情報管理のシステム化により、現場によっては事務作業の負荷が下がったという声も出ています
- 働き方の多様化:完全週休2日制や、平日+土日どちらかの休みを打ち出す求人も見られるようになりました
ただし、これらの浸透度は企業間で相当な差があります。「業界全体が変わった」とは言えず、「変わっている会社もある」という段階です。だからこそ、求人票や面談で個別に確認する意味があります。
辞める前に切り分けたい3つの質問
感情が高まっているときは、原因が全部ごちゃ混ぜになりがちです。次の3つを紙に書き出してみると、選択肢が整理されます。
1. しんどいのは「業界」か「今の会社」か「今の業態」か
同業の知り合いに聞いて「どこも同じ」なら業界要因、「うちは違う」という声が出るなら会社要因の可能性が高まります。土日休みが取れない・新規開拓がつらい、といった話なら業態要因かもしれません。
2. お金の問題か、時間の問題か、人の問題か
雇用動向調査の転職理由でも、収入・労働条件・人間関係はそれぞれ別項目として上位に並びます。優先順位を1つに絞ると、次に探すべき条件がはっきりします。
3. 今日の判断は、繁忙期のピーク時か、そうでないときか
賃貸仲介の1〜3月、決算期の追い込みなど、負荷の山で下した結論は極端に振れやすいものです。数字が落ち着いたタイミングで、同じ問いをもう一度自分に投げてみてください。
続けるか、転職を考えるか:判断材料の集め方
すぐ辞める必要はありません。ただ、「自分の市場価値と選択肢を知らないまま、今の職場だけを基準に悩む」のは、判断材料が足りない状態です。情報を集めることと、辞めることはイコールではありません。
不動産営業の方が選択肢を確認するとき、よく使われるサービスのジャンルは次のように整理できます(それぞれ性質が違うので、目的に合わせて選ぶのが現実的です)。
- 不動産・建設業界に特化した転職エージェント:業界内の横移動(仲介→管理、投資用→法人向けなど)を検討する場合に、業態ごとの実情や歩合比率の相場を聞きやすい
- 営業職に特化したエージェント:商材を変えて営業スキルを活かす方向(法人向け、SaaS、金融など)を探る場合に選択肢が広い
- 総合型の大手転職サイト・エージェント:求人数が多く、異業種を含めて相場観をつかむのに向く
- スカウト型サービス:登録して待つ形なので、在職中に「どんな会社から声がかかるか」を低負荷で確認できる
- 宅建士など資格を軸にした求人媒体:資格を評価する求人がまとまっており、資格の市場価値を測りやすい
いずれも複数を併用して比較する人が多く、1社だけで結論を出す必要はありません。確認すると情報の質が上がるポイントとしては、歩合と固定給の比率、目標の設定方法と未達時の扱い、休日の実態(完全週休2日か、繁忙期の運用はどうか)、離職率や平均勤続年数、電子契約や顧客管理システムの導入状況などが挙げられます。
なお参考として、雇用動向調査(令和6年)では、転職入職者のうち賃金が前職より「増加」した人の割合は40.5%で、前年から上昇しています。一方で「減少」した人も一定割合おり、転職すれば必ず上がるわけではありません。相場を確認したうえで判断する価値のある環境、という程度に受け止めるのが妥当です。
記事に出てきた用語のミニ解説
- 宅地建物取引士(宅建士):不動産取引の国家資格。重要事項の説明などを行える。不動産営業では取得が推奨・必須とされる職場が多い
- 重要事項説明(重説)/IT重説:契約前に物件や条件のリスクを説明する手続き。オンラインで行う方式がIT重説
- 反響営業:広告や問い合わせをきっかけに顧客対応を始める営業スタイル。自ら新規開拓する飛び込み・テレアポ型と対になる
- 仕入れ:売主や地主から売却物件・土地を預かる(媒介契約を取る)業務
- インセンティブ(歩合):成約額や粗利に応じて支払われる変動報酬。固定給との比率は企業ごとに大きく異なる
- PropTech(不動産テック):テクノロジーで不動産業務を効率化する領域。物件情報管理、電子契約、査定AIなど
出典一覧
一次情報(公的統計)
- 厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」(概要 / 転職入職者の状況)
- 厚生労働省「令和5年 雇用動向調査結果の概況」
- 厚生労働省「雇用動向調査 調査の結果」
- 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」(産業別の3年以内離職率)
- 厚生労働省「令和6年 賃金構造基本統計調査」(産業別平均賃金)
参考(報道・研究機関)
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)による新卒離職率の解説
- 労働新聞社による雇用動向調査・新規学卒者離職状況の報道(令和6年雇用動向調査 / 令和4年3月卒の離職状況)
参考(事業会社による解説記事/二次情報)
以下は人材・不動産関連の事業会社が自社サービスの紹介を含めて公開している解説記事です。数値の根拠としてではなく、業界内で語られるテーマの傾向を把握する目的でのみ参照しています。
※産業分類「不動産業,物品賃貸業」は物品賃貸業を含み、不動産業の中でも職種・業態が多様です。営業職単体の数値ではない点にご留意ください。また、離職率はパートタイムを含む常用労働者ベースと一般労働者ベースで数値が異なります。民間集計の数値は集計対象や算出方法によって差が出ます。
最後に
ここで挙げた6つの理由は、あくまで統計と各種記事に繰り返し現れる「傾向」です。同じ職場、同じ目標数字でも、それを面白いと感じる人と苦しいと感じる人がいます。 不動産営業を長く続けて大きな達成感とキャリアを築いている方も数多くいますし、この記事は「不動産営業の人はみな辞めたがっている」という話ではありません。
また、統計上も「不動産業界は突出して離職が多い」と断言できるほどの差は確認できませんでした。数字が示すのは「年や集計方法によってはやや高めに出る」という程度です。
大事なのは、しんどさの正体が業界・会社・業態・職種のどのレイヤーにあるのかを切り分けたうえで、続けるにしても動くにしても、自分で選んだと思える状態にすることです。その判断材料が一つでも増えたなら、この記事の役目は果たせています。