「編集者は辞める人が多い」——業界の内外でよく聞く言葉です。校了前の追い込み、終わらない進行管理、そして縮小が続く出版市場。そうしたイメージから、なんとなく「離職率が高い職種」と思われがちです。
ただ、実際に統計をたどってみると、話はもう少し複雑でした。この記事では、厚生労働省の雇用動向調査・賃金構造基本統計調査や、出版科学研究所の市場データなどをもとに、編集者という仕事の離職の実像と、辞めたいと感じやすいポイントを整理します。特定の企業や個人を批判する意図はなく、あくまで職種・業界全体の傾向として扱います。
なお、本記事には転職サービスに関する一般的な紹介を含み、一部にアフィリエイトリンクを掲載する場合があります(この開示は冒頭の一度のみとします)。
前提1:「編集者」は統計で追いかけにくい職業
最初に、少しだけ統計の読み方の話をさせてください。ここを飛ばすと、数字の解釈を誤りやすいからです。
編集者という職業は、公的統計のなかで単独の「産業」としては集計されていません。
- 出版社の書籍・雑誌編集者 → 日本標準産業分類では「情報通信業」内の映像・音声・文字情報制作業に属します
- Webメディア・オウンドメディアの編集者 → 情報通信業のほか、広告業、サービス業などに分散します
- 制作プロダクション・編集プロダクション所属 → 事業内容によって分類が変わることもあります
- フリーランス編集者 → そもそも「雇用」統計の対象外です
つまり「編集者の離職率◯%」という単一の公式数値は存在しません。ネット上で見かける具体的な離職率の数字は、多くが民間サービスの独自集計や口コミの集計であり、母集団や定義が明示されていないことも少なくありません。ここでは、産業単位の公的統計+職種単位の賃金統計+業界の市場データを重ねて、輪郭をつかむ方法をとります。
前提2:本記事で使う統計の「時点」について
統計は更新されるため、どの時点の数値かを明示しておきます。
- 雇用動向調査:本記事執筆時点(2026年9月)で参照できる直近の年計は令和6年(2024年)分です。令和7年分については上半期の結果が公表済みで、年計は公表され次第、数値が更新される可能性があります。
- 賃金構造基本統計調査:令和7年(2025年)分が2026年3月に公表され、一般労働者の賃金は過去最高水準となりました。本記事では賃金の具体額そのものではなく、同調査から繰り返し確認できる「傾向」を中心に扱います。
数値を引用する際は、可能な限り「年計か上半期か」「一般労働者のみかパートタイム労働者を含むか」を揃えています。この2点がずれると、産業間の比較はかんたんに歪むためです。
統計で見る「編集者が属する業界」の離職状況
情報通信業は「突出して離職が多い産業」ではない
厚生労働省「令和6年雇用動向調査」によると、2024年の全産業(一般労働者+パートタイム労働者の計)の離職率は14.2%、入職率は14.8%でした。
産業別に見ると、編集職の多くが属する情報通信業の離職率は、全産業平均を下回る水準で推移しています。一方、離職率が高い産業として例年上位に挙がるのは宿泊業・飲食サービス業やサービス業(他に分類されないもの)などで、同じ年計・同じ就業形態区分で比べても、情報通信業とは明確な差があります。
数値の扱いについて
ネット上では「情報通信業の離職率12.4%」といった数字が流通していますが、これが年計か上半期か、パートタイム労働者を含むかが明示されていないケースが多く見られます。産業別の正確な数値は、厚生労働省が公表する産業別統計表(記事末尾にリンク)でご確認ください。また、よく引用される「宿泊業・飲食サービス業29.9%」はパートタイム労働者の数値であり、全産業14.2%(計)と直接比べると差が実態以上に大きく見えます。
では、なぜ「辞める人が多い」印象になるのか
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいポイントです。考えられる要因は主に4つあります。
- 母集団が小さく、可視性が高い 出版社数は1990年代後半をピークに長期的な減少傾向にあることが、出版科学研究所『出版指標年報』などの業界統計で示されています。業界人口が少ないぶん、一人の退職が「また辞めた」として話題になりやすく、さらに編集者は文章で発信する職能を持つため、退職エントリや体験談が世に出やすい構造があります。
- 産業分類の希釈 情報通信業には、雇用が拡大しているIT・ソフトウェア分野が大量に含まれます。出版・コンテンツ制作の実態が平均値に埋もれている可能性は否定できません。
- 転職が「下り」でなく「横」に起きる 編集スキルはWebメディア、広報、コンテンツマーケティング、企業のオウンドメディアなどに展開しやすく、離職が必ずしもネガティブな理由とは限りません。
- フリーランス化が統計に乗らない 独立は「離職」として現れますが、その後の就業実態は雇用統計では追えません。
つまり「編集者は離職率が異常に高い職業」と断定できる公的根拠は、現時点では見当たりません。それでも「辞めたい」という声が一定量あるのも事実です。次章では、その中身を分解します。
編集者が「辞めたい」と感じやすい6つの論点
ここからは、公的統計に表れる一般的な離職理由と、業界メディア・体験談記事に繰り返し登場するテーマを突き合わせて整理します。
読み進める前に
体験談や退職エントリは、辞めた人・不満を抱えた人の側から発信されやすいという強いサンプルの偏りがあります。統計と同列の根拠ではなく、「そういう語られ方がある」という参考情報として扱ってください。感じ方には大きな個人差があり、以下すべてが誰にでも当てはまるわけではありません。
1. 労働時間と「締切のリズム」
厚生労働省「令和6年雇用動向調査」では、個人的理由による転職入職者が前職を辞めた理由として「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」が男女とも1割前後を占め、具体的な理由のなかでは上位に挙がっています。
ただし注意点があります。同調査で最も構成比が大きいのは「その他の個人的理由」であり、上位の具体的理由はいずれも全体の一部にすぎません。また、理由の順位は男女や年齢層で異なるため、「編集者の主な離職理由はこれ」と読み替えることはできません。
そのうえで、編集職に特有と言われるのは、労働時間が平坦ではなく波状である点です。校了前に負荷が集中し、刊行サイクルごとにそれが繰り返される。月の総労働時間が平均的でも、「毎月決まった時期に予定が組めない」という体感は残ります。
関連して押さえておきたいのが専門業務型裁量労働制です。厚生労働省が定める対象業務には「新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務」が明記されており、編集職は制度上この対象になりうる職種です。裁量労働制は働く時間を自分で決めやすいという利点がある一方、運用の仕方によっては「みなし時間」と実労働時間の乖離が生じることもあります。自分の雇用契約がどの制度で動いているかを把握しておくことは、現職を続ける場合でも転職する場合でも役に立ちます。
2. 収入と、職場ごとの差
賃金の面で、賃金構造基本統計調査から一貫して読み取れるのは、企業規模が大きいほど賃金水準が高くなる傾向です。これは編集職に限らず全産業に共通して見られる構造で、出版・メディア領域でも同様の傾向が指摘されています。
ただし、これはあくまで統計上の平均的な傾向です。編集職の待遇は個社差・媒体差が非常に大きく、規模が小さくても報酬水準や裁量、働き方の柔軟性の面で条件の良い職場は存在します。逆に、規模が大きくても部署や職種区分によって条件が変わることもあります。「大手=好条件、中小=悪条件」と一括りにできる世界ではない、という前提で読んでください。
なお、編集者個人の年収相場を知りたい場合は、厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)など、集計の出典と定義が明示された情報源で確認することをおすすめします。ネット上で見かける「編集者の平均年収◯万円」は、集計主体や母集団が不明なものも多くあります。
離職理由としても、雇用動向調査で「給料等収入が少なかった」は男女とも具体的理由のなかで上位に挙がる項目のひとつです。金額そのものより、業務量や責任に対する納得感が判断を左右するという声は、業界を問わずよく聞かれます。
3. 市場の変化と、将来への漠然とした不安
全国出版協会・出版科学研究所の調査によると、2025年の出版市場(紙+電子)は前年比1.6%減の1兆5,462億円で、4年連続の前年割れとなりました。特筆すべきは、紙の出版物の推定販売金額が前年比4.1%減の9,647億円となり、1976年に1兆円を超えて以来、初めて1兆円を割り込んだ点です。
内訳を見ると、書籍は前年比0.0%(2億円増)の5,939億円で4年ぶりに前年を上回り、雑誌は10.0%減の3,708億円。電子出版は2.7%増の5,815億円と伸びており、その大半をコミックが占めています。
この数字は「業界に未来がない」ことを意味するのではなく、成長する領域と縮む領域が分かれてきたことを意味します。ただ、自分が担当する媒体が縮小側にある場合、日々の努力が数字に跳ね返りにくく、モチベーションの維持が難しくなる——これは体験談に共通して見られるトーンです。
4. 入社前のイメージと、実務の内訳のギャップ
企画を立て、書き手と向き合い、文章を磨く。そのイメージを持って入った人ほど、実務の内訳との差に戸惑うことがあります。
現場で編集者が担うタスクは、進行管理、予算管理、権利処理、校正手配、印刷所や制作会社との調整、SNS運用、タイアップ案件の対応、イベント運営、データ分析まで多岐にわたります。少人数体制の職場ほど一人あたりの守備範囲は広くなります。
ここで強調しておきたいのは、これらは「編集の周辺業務」ではなく、編集という仕事の中核をなす専門性だという点です。進行管理や予算管理、権利処理を高い精度で回せることは希少なスキルであり、それを主軸にキャリアを築いている編集者は数多くいます。データ分析や権利処理の経験は、事業会社のコンテンツ部門や制作マネジメント職への移動でも強く評価される領域です。
問題になるのは、業務の種類そのものよりも、自分が伸ばしたい方向と、職場で求められる役割の配分がずれたまま固定されてしまうことです。これは個々の職場の姿勢というより、人員規模と業務量の構造的な問題であることが多く、個人の努力だけでは解きにくいため、環境を変えるという選択が検討されやすい領域でもあります。
5. 人間関係と、評価のわかりにくさ
雇用動向調査でも「職場の人間関係が好ましくなかった」は具体的な離職理由として継続的に挙がる項目です(構成比の順位は男女・年齢層で異なります)。
編集の仕事は、著者・ライター・デザイナー・営業・印刷所など、社内外の多くの人との調整で成り立ちます。関係性の質がそのまま仕事の質と負荷に直結する職種です。加えて、成果が「企画のセンス」「相性」といった定性的な言葉で語られやすい面があり、評価基準の明文化の度合いは職場によって差があるとされます。何をどう積み上げれば次のステージに行けるのかが見えづらいことは、中堅層が今後を考えるきっかけになりやすいポイントです。
6. キャリアの見通しと、AI時代の再定義
「つぶしがきかないのでは」という不安は、編集者の体験談に非常によく登場するフレーズです。さらに近年は、生成AIの普及という変数が加わりました。
検索エンジンがAIによる回答を直接表示する形式を広げていることで、Webメディアの流入構造が変化しつつあることは、業界内で広く議論されています(具体的な影響度合いについては、調査ごとに前提も数値も大きく異なるため、本記事では特定の数値を採用しません)。
なお、日経クロストレンドが企業83社に行った調査では、生成AIの影響を「脅威」より「機会」と捉える回答が約7割にのぼったと報じられています。ただしこれは回答企業のマーケティング部門側の認識であり、編集者個人のキャリアの見通しを裏づけるものではありません。
確かなのは、編集という職能が消えるというより、求められる形が変わりつつあるということです。ここに不安を感じて離れる人もいれば、むしろチャンスと捉えて動く人もいる。同じ変化が、正反対の選択を生んでいるのが現在地です。
用語のおさらい(業界外の方向け)
- 校了:印刷や公開に進んでよいと最終確認すること。この直前に負荷が集中しやすい。
- 進行管理:企画から公開までのスケジュールと関係者の調整を回す業務。編集者の中核業務のひとつ。
- 専門業務型裁量労働制:労使協定で定めた時間を働いたとみなす制度。厚労省の対象業務に新聞・出版の取材/編集業務が含まれる。
- 映像・音声・文字情報制作業:日本標準産業分類上のカテゴリ。出版業はここに含まれ、大分類では情報通信業にあたる。
- 入職率・離職率:雇用動向調査の指標。年初の常用労働者数に対する、その年の入職者・離職者の割合。
続けるか、転職を考えるか——判断材料の整理
「辞めたい」という感情は、原因を分けて見るとまったく違う結論に着地することがあります。次の3つに切り分けてみてください。
A. 環境要因(職場を変えれば解消しうる)
待遇水準、労働時間の管理方法、裁量労働制の運用、人員体制、評価制度の整備状況。これらは職場ごとの差が大きく、同じ編集職のまま改善できる可能性があります。
B. 業界構造要因(職種内の移動で緩和しうる)
担当媒体の市場が縮小している、役割の配分が自分の志向と合っていない。この場合、需要が伸びている領域への移動が選択肢になります。ただし、市場が伸びていることと、自分にとって良い職場であることは別問題です。ジャンルへの興味、求められる専門性、制作体制が自分に合うかを確かめずに動くと、同じ悩みを別の場所で繰り返すことにもなりかねません。
C. 職種適性要因(職種転換が視野に入る)
締切に追われる働き方そのものが合わない、調整業務が中心の日々が苦しい。この場合は、編集で培った企画力・構成力・進行管理力を別職種で活かす道があります。
そして、現職に残る判断も同じくらい正当な選択です。統計上、情報通信業の離職率は全産業平均を下回る水準であり、「みんな辞めている」わけではありません。実際、企画がかたちになる面白さ、著者と長期的に伴走できる関係性、自分の仕事が世に残っていく感覚を理由に、この仕事を続けている人は数多くいます。
情報収集の選択肢:サービスのジャンルを知っておく
すぐ辞める・辞めないに関わらず、自分の市場価値と選択肢を把握しておくことは、比較的デメリットの小さい行動です。情報収集の段階で結論を出す必要はありません。
ただし、まったくコストがないわけではありません。登録には職務経歴などの個人情報の提供が伴い、サービスによってはスカウトの公開範囲の設定次第で在職中の企業から閲覧される可能性もあります。連絡頻度が負担になることもあります。登録前に、各サービスの個人情報の取り扱い方針と、スカウト公開範囲(特定企業のブロック機能の有無)を確認することをおすすめします。
そのうえで、転職サービスにはいくつかのジャンルがあり、目的によって向き不向きが分かれます。
- 総合型転職エージェント:求人数が多く、職種転換も含めて幅広く比較したい人向け。
- 出版・メディア・クリエイティブ特化型エージェント:編集職の職務内容を理解した担当者に相談しやすい。求人数は総合型より絞られる傾向。
- スカウト型サービス:職務経歴を登録しておくと企業側から連絡が来る形式。相場観の把握に使いやすい一方、公開範囲の設定確認は必須。
- 広報・コンテンツマーケティング領域に強いサービス:編集スキルを事業会社側で活かす道を探る場合の選択肢。
- フリーランス向けエージェント・マッチング:独立を視野に入れる場合に、案件単価の相場を知る手段として。
どれか一つが常に正解ということはありません。2〜3ジャンルを併用して、提示される求人や年収レンジの違いを比べるほうが、自分の立ち位置を客観視しやすくなります。担当者との相性も差が出る部分なので、複数を比較する前提で見ておくとよいでしょう。
次の一歩として、できること
- この1か月の実労働時間を記録し、自分の雇用契約(裁量労働制かどうか)を確認する
- 「辞めたい理由」をA(環境)/B(業界構造)/C(適性)に振り分けてみる
- 担当してきた企画を、部数・PV・売上など数字で説明できる形に棚卸しする
- 進行管理・予算管理・権利処理など、定量的に語りにくいスキルも職務経歴書に言語化しておく
- 転職サービスを複数ジャンル比較し、登録前に個人情報の取り扱いとスカウト公開範囲を確認する
- 同業・他業界の人に話を聞き、自分の感覚が相場とずれていないか確認する
動くと決めなくても、材料を持っている状態は心の余裕につながります。焦って結論を出す必要はありません。
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Webライター/校正者・校閲者/Webディレクター/広告代理店の制作職/新聞記者/広報・PR担当
本記事の注記
- 本記事で扱った統計は、いずれも産業単位・職種大分類単位の数値であり、「編集者」という職種の離職率を直接示すものではありません。輪郭をつかむための参考値としてお読みください。
- 統計の数値は執筆時点(2026年9月)で公表されているものに基づきます。雇用動向調査の令和7年年計など、公表により数値が更新される可能性があります。
- 離職理由の感じ方には非常に大きな個人差があります。同じ職場・同じ業務でも、やりがいを感じ続けている方が多数いることを申し添えます。本記事は「編集者は辞めるべき職業」と主張するものではありません。
- 年収・市場規模等の数値は発表時点のものであり、最新の状況は各調査機関の公表資料をご確認ください。
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