「保育士は辞める人が多い」——そう語られることは多いのですが、実際の数字を追っていくと、イメージと統計が一致しない部分がいくつも出てきます。この記事では、厚生労働省の統計や自治体の実態調査をもとに、保育士の離職の実態と理由を、データの限界も含めて整理します。

結論から先に言えば、「年間の離職率」という物差しで見る限り、保育士が他業種と比べて突出して辞めやすいとまでは言い切れません。ただし、別の角度から見ると、この職種特有の課題も確かに存在します。

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まず前提:離職率の数字は「業界の話」であって「あなたの話」ではない

以下で扱うのは、あくまで集団としての傾向を示す統計です。同じ職種でも、園の規模・運営主体・地域・担当クラス・上司との相性によって働き方はまったく違います。「保育士は全員が辞めたがっている」という事実はどこにもありません。長く働き続けて充実している方も多数いらっしゃいます。

統計は「自分の感じている違和感が、どのくらい一般的なものなのか」を確かめるための物差しとして使ってください。

数字で見る:保育士の離職率は本当に高いのか

保育士の離職率:よく引用される数字は「2018年度時点」のもの

保育士の離職率としてよく引用されるのが、厚生労働省の資料「保育士の現状と主な取組」に掲載された数値です。ここでは離職率がおおむね9%台、内訳は私立が約10.7%、公立が約5.9%とされています。

ただし注意が必要なのは、この数値が平成30年度(2018年度)の社会福祉施設等調査をもとにしたものだという点です。この記事を読んでいる時点からは数年前の数字であり、その後の処遇改善策や配置基準の見直しを反映していません。「現在もこの水準」と断定できるデータではないことを踏まえてお読みください。

また、私立と公立の差を「私立は環境が悪い」と読むのは早計です。私立には新設園や小規模園が多く、若年層の比率も相対的に高い傾向があります。若い世代は結婚・出産・転居などライフイベントによる離職が起きやすいため、この差の一部は職場環境の質ではなく、働く人の構成の違いで説明できる可能性があります。運営主体だけで職場の良し悪しを判断するのは避けたほうが無難です。

産業全体で見ると:「医療,福祉」は全産業平均を下回る

より新しいデータとして、厚生労働省「令和6年 雇用動向調査」を見てみます。同調査では、全産業計の離職率が15.0%であるのに対し、「医療,福祉」の離職率は13.8%でした。つまり、産業分類レベルでは全産業平均をやや下回っています

ただしここにも留保があります。「医療,福祉」は医師・看護師・介護職員などを幅広く含む巨大な産業分類であり、保育士だけの実態を代表する数字ではありません。あくまで「保育を含む領域が、産業全体の中で極端な位置にあるわけではない」という程度の参考値として捉えてください。

まとめると、「保育士は他業種と比べて桁違いに辞めやすい」と言えるほどのデータは、少なくとも年間離職率の面では確認できないというのが、公的統計から読み取れる範囲です。

では、なぜ「辞める人が多い」印象が強いのか

年間離職率が突出していないのに「辞める人が多い」というイメージが定着しているのはなぜか。考えられる要因は3つあります。

1. 経験年数の浅い層が多くを占める

保育現場では、経験年数が比較的浅い層が全体の大きな割合を占めるという指摘が、厚生労働省の資料などで繰り返し示されています。年間の離職率そのものは極端でなくても、「ベテランになる前に現場を離れる人が目立つ」構造があると、体感としての入れ替わりの多さにつながります。

2. 資格保有者と現場で働く人の数に開きがある(潜在保育士)

保育士資格の登録者数に対して、実際に保育所等で働いている人はその一部にとどまります。資格を持ちながら保育の現場を離れている人は「潜在保育士」と呼ばれ、厚生労働省の資料でも、登録者数と従事者数の乖離は長く課題として挙げられてきました。

なお、登録者には他業種で働く人・退職後の人・そもそも保育職に就いたことがない人も含まれるため、「乖離の大きさ=離職の多さ」と単純に読むことはできません。ここでは「課題として指摘され続けているテーマである」という事実として押さえておきます。

3. 求人が常に出ている

厚生労働省の職業安定業務統計(一般職業紹介状況)によると、保育士の有効求人倍率は近年3倍台後半で推移し、全職種平均(1倍台)を大きく上回っています。

ただし、有効求人倍率が高い理由は離職だけではありません。保育所等の施設数の増加、定員の拡大、配置基準の改善に伴う必要人数の増加といった、需要側の要因も大きく影響します。「求人が多い=人がどんどん辞めている」と直結させるのは正確ではありません。

一方でこれは、保育士資格を持つ人にとっては転職先の選択肢が多い市場であることも意味しています。

離職理由:公的調査が示す上位項目

離職理由として最も参照されることが多いのが、東京都の「令和4年度 東京都保育士実態調査」です。

この調査を読むときの注意点

数値を見る前に、調査の性格を押さえておく必要があります。

  • 対象は東京都に限定されている(全国の傾向ではない)
  • 調査対象は主に平成29年4月〜令和4年3月に東京都で保育士登録した人など、比較的近年に登録した層が中心。したがって若年層・経験年数の浅い層に偏ったサンプルである
  • 有効回収は18,239件、回収率は39.7%

つまり、この結果は「東京都で働く、比較的経験年数の浅い層を中心とした保育士の声」として読むのが適切です。全国の保育士全体、あるいはベテラン層の傾向をそのまま表すものではありません。

在職者が挙げる「退職したいと考える理由」(複数回答)

順位退職意向の理由割合
1給料が安い61.6%
2仕事量が多い54.0%
3労働時間が長い35.4%
4職場の人間関係30.1%

※東京都福祉局「令和4年度東京都保育士実態調査結果」(令和4年実施、複数回答)

給与について

厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」をもとにした集計では、保育士の平均年収はおよそ400万円前後とされています。

ただしこの数値は、常勤・非常勤の別、経験年数、勤務地域、役職の有無によって大きく振れます。同じ「保育士」でも、都市部の経験10年以上の主任クラスと、地方の新卒1年目とでは実態がまったく異なります。平均値はあくまで目安として扱ってください。

調査結果からは、金額そのもの以上に、「命を預かる責任」「書類・行事準備・保護者対応まで含む業務範囲」と比べたときの納得感が論点になっていることがうかがえます。

仕事量と労働時間について

保育そのもの以外に、指導計画・日誌・連絡帳、行事準備、環境整備、研修などの業務が積み上がりやすい構造があります。いわゆる持ち帰り仕事や、ノンコンタクトタイム(子どもと直接関わらない事務作業の時間)の確保が難しい園では、負担感が強く出やすくなると考えられます。

人間関係について

上記の調査では、退職を考える理由として「職場の人間関係」を挙げた人が30.1%(複数回答)いました。給与や仕事量に次ぐ位置づけですが、無視できない割合です。

なお、「保育現場は人間関係が閉鎖的だ」といった一般化ができるデータは確認できません。人間関係の課題は、業種を問わず離職理由の上位に入る項目でもあります。ここで言えるのは、「一定割合の人が退職理由として挙げている」という事実までです。

「辞めたい理由」と「実際に辞めた理由」を並べてみる

同じ東京都の調査には、すでに保育の仕事を離れた人に退職理由を尋ねた結果も含まれています。その上位は以下のとおりです。

順位退職者が挙げた理由割合
1職場の人間関係31.5%
2仕事量が多い23.1%
3給料が安い22.1%

上位3項目は31.5%・23.1%・22.1%と僅差であり、「人間関係が突出している」とまでは言えません。それでも、在職者の意向では1位だった「給料が安い」が退職者では3位、逆に在職者で4位だった「職場の人間関係」が退職者では1位という順位の入れ替わりは見て取れます。

ただし、この2つは直接比較できない

ここは慎重に扱う必要があります。

  • 在職者への質問は「これから辞めたいと思う理由」(意向・予測)
  • 退職者への質問は「なぜ辞めたか」(過去の回顧)

回答者の母集団も、設問の性質も異なる別々のデータです。したがって、「給与不満は口に出るが、実際の引き金は人間関係だ」といった因果関係を、この2つの並置から結論づけることはできません。順位の違いには、記憶の想起のしやすさ(具体的な出来事は思い出しやすい)や、退職者と在職者の属性の違いなど、複数の説明が考えられます。

それでも、「不満として日常的に意識している項目」と「実際に職場を離れた人が挙げる項目」が必ずしも一致しないという事実自体は、自分の状況を振り返るヒントになります。

自分の場合はどうか——「お金の問題なのか」「関係性・働き方の問題なのか」を分けて考えると、次の打ち手が変わってきます。前者なら制度・役職・地域を変えることが有効な場合があり、後者なら同じ職種でも園を変えるだけで状況が変わることがあります。

制度が動いている:今このテーマを整理しておきたい理由

2020年代半ば以降、保育を取り巻く制度は続けて見直されています。ただし、「制度が変わった」ことと「自分の園の負担が減った」ことはイコールではありません

配置基準の見直し

  • 4・5歳児:2024年度に、職員配置基準が30対1から25対1へと改められました(約76年ぶりの見直し)。ただし経過措置があり、当分の間は従前の30対1でも運営が可能とされています。
  • 1歳児:6対1から5対1への改善が政策目標とされていますが、国の最低基準としては6対1のままで、加算措置による改善という位置づけです。

つまり、基準改正がそのまま全園での人員増につながるわけではありません。自園の配置が実際にどうなっているかは、個別に確認する必要があります

処遇改善

こども家庭庁の施策として、保育士等の処遇改善が継続的に進められています。ただし、加算が実際の賃金にどう反映されるかは園の給与制度によって差があります。「処遇改善加算が出ている」ことと「自分の手取りが上がる」ことは別の話です。最新の改善内容と金額については、こども家庭庁の予算資料や、自園の給与規程を直接確認することをおすすめします。

こども誰でも通園制度(乳児等通園支援事業)

2026年4月から本格実施される制度で、就労要件を問わず、月一定時間の保育施設利用が可能になります。利用者側のメリットが大きい制度ですが、受け入れ体制や事務運用については、こども家庭庁の検討会等でも論点として議論が重ねられてきました。実際の運用負担がどの程度になるかは、自治体や園の体制によって差が出ると見込まれます。

これらは「待遇が改善する方向の変化」と「現場の業務が増えうる変化」が同時に進んでいる状態です。改善の恩恵が自分の園にどう届くかは、運営主体や自治体によって差が出やすいため、いま一度自分の職場の条件を確認しておく価値があります。

記事に出てくる用語の補足

  • 配置基準:子どもの年齢ごとに、保育士1人あたり何人まで受け持つかを定めた国の基準。基準が改善されると1人あたりの負担は下がる方向に働くが、経過措置や加算方式の場合、すぐに全園に反映されるとは限らない。
  • 処遇改善等加算:保育士等の賃金改善を目的に、園に支給される公的な加算。加算が賃金にどう反映されるかは園の給与制度次第。
  • キャリアアップ研修:副主任保育士・専門リーダーなどの役職と処遇改善につながる研修制度。受講状況が手当に影響する場合がある。
  • 潜在保育士:保育士資格を持ちながら、保育所等で働いていない人。
  • ノンコンタクトタイム:保育以外の事務・準備にあてる時間。確保されているかは園による差が大きい。

辞める前に切り分けたい3つの問い

統計を踏まえると、次の3点を分けて考えると判断しやすくなります。

1. 職種の問題か、園の問題か

「子どもと関わる仕事自体は好き」なら、職種を変えるより環境を変えるほうが解決に近いことがあります。私立・公立、小規模保育、企業主導型、認定こども園、院内保育、児童発達支援など、同じ資格で選べる現場は幅広くあります。

ただし、施設の類型と職場環境の質は別問題です。「小規模だから働きやすい」「企業主導型だから条件が悪い」といった類型ごとの一般化はできません。個々の園の条件を、一つずつ確認する必要があります。

2. 今すぐの問題か、数年後の問題か

人間関係やクラス編成は年度で変わることがあります。一方、給与テーブルや昇給の仕組み、人員体制は年度が変わっても変わりにくい項目です。

3. 情報が足りないだけではないか

「他の園も同じだろう」と思って我慢していたら、条件が大きく違ったというケースは少なくありません。自園の条件を相対化する材料がないまま判断すると、後悔につながりやすくなります。

「続ける」も「動く」も、選択肢を知ってから

辞めることを勧める記事ではありません。ただ、選択肢を知らないまま続けることと、知ったうえで続けることは、同じ「続ける」でも負荷がまったく違います

条件を比較する手段としては、たとえば次のようなものがあります。それぞれ強みが異なるため、1つに絞らず2〜3種類を併用して情報の偏りをならすのが一般的なやり方です。

  • 保育・福祉分野に特化した転職エージェント:保育業界の求人条件や職場環境について情報を持っている場合があり、条件面の相談ができることがある。
  • 総合型の大手転職サイト・エージェント:保育以外の職種(事務、医療事務、人材、教育、子ども関連企業など)も視野に入れたい場合に向く。
  • 自治体の保育士・保育所支援センター:公的な無料相談窓口。求人紹介だけでなく、復職支援や研修情報も扱う。転職ありきでない相談がしやすい。
  • ハローワークの専門窓口:公立園や地域密着の求人を確認しやすい。

なお、エージェントや口コミから得られる園の情報は、あくまで一つの見方です。担当者が持つ情報の鮮度や範囲には限りがあるため、気になる園については見学や面接の場で自分の目で確認し、複数の情報源を突き合わせることをおすすめします。

登録=退職ではありません。「今の条件が相場と比べてどうか」を確かめるだけでも、判断材料としては十分な価値があります。

次の一歩として現実的なもの

  • 自分の給与明細・勤務時間・持ち帰り時間を、1週間だけ書き出して数値化する
  • この記事の統計と照らして、自分の不満が「給与型」か「働き方・関係性型」かを仮に分類する
  • 同じ資格で働ける他の現場の求人条件を、2〜3件だけ見てみる
  • 迷いが残るなら、公的な相談窓口か、業界特化のエージェントで一度話してみる

順番に進めても、1つ目で止めても構いません。動くかどうかを決めるのは、比較材料が揃ってからで遅くありません。

なお、ここで紹介した統計は、あくまで集団としての傾向です。離職理由の感じ方や重み付けは人によって大きく異なり、同じ職場でも受け止め方は一人ひとり違います。特定の園・法人・働き方を否定する意図はなく、保育に携わるすべての方への敬意をもって執筆しています。

参考にした主なデータ・資料

  • 厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概要」(産業別入職率・離職率)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/25-2/

  • 厚生労働省「保育士の現状と主な取組」(離職率は平成30年度・社会福祉施設等調査ベース)

https://www.mhlw.go.jp/content/11907000/000661531.pdf

  • 東京都福祉局「令和4年度 東京都保育士実態調査結果(報告書)」(有効回収18,239件/回収率39.7%/東京都の保育士登録者等が対象)

https://www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp/kodomo/shikaku/r4hoikushichousa

  • 厚生労働省「令和6年 賃金構造基本統計調査」(職種別賃金)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html

  • 厚生労働省「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」(職業別有効求人倍率)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/114-1.html

  • こども家庭庁「保育所等における職員配置基準について」(配置基準改正・経過措置・加算措置)

https://www.cfa.go.jp/policies/hoiku

  • こども家庭庁「乳児等通園支援事業(こども誰でも通園制度)」

https://www.cfa.go.jp/policies/kosodateshien/dareteme-tsuen

※本文中の数値は、上記各資料の公表時点のものです。制度・統計は更新されるため、最新の数値は各機関の一次資料でご確認ください。