採用面接では会社の魅力を語り、面談では社員の悩みを聞き、経営会議では人員計画を説明する。人事の仕事は「人」に一番近い場所にありながら、自分自身の悩みは誰に話せばいいのか分かりづらい——そんな声をよく聞きます。

この記事では、「人事は辞めたいと感じる人が多い」と言われる背景を、厚生労働省の公的統計と、人事・労務領域の実務解説をもとに整理します。特定の職業を「やめとけ」と否定するための記事ではありません。いま感じているモヤモヤが、どこから来ているのかを言語化するための材料としてお読みください。

※本記事には、転職サービス等のアフィリエイトリンクを含む場合があります。掲載内容は特定のサービスへの誘導を目的としたものではなく、比較の観点としてサービスのジャンルを紹介しています。

前提:「人事の離職率」という粒度の公的統計はない

最初に、大事な前提をお伝えします。

厚生労働省の「雇用動向調査」は、産業別(製造業、情報通信業、宿泊業・飲食サービス業など)の入職率・離職率を公表しています。職業についても、付属統計表で「事務的職業」「専門的・技術的職業従事者」といった大分類での入職者数・離職者数は公表されています。ただし、そこから「人事」だけを取り出した離職率は公表されていません。

つまり、「人事の離職率は◯%」と断言している情報を見かけたら、それは特定企業の調査や、母数の限られたアンケートを根拠にしている可能性が高い、ということです。

そのため本記事でも、「人事は他職種より辞める人が多い」という結論は出しません。代わりに、

  • 日本全体の離職の水準と理由(公的統計)
  • 人事という職種に構造的に生じやすい負荷(実務解説・専門機関のコラム)

この2つを切り分けて示します。当てはまるかどうかの判断は、読んだ方ご自身に委ねます。

公的統計で分かること:日本全体の離職と、その理由

厚生労働省「令和6年雇用動向調査」によると、令和6年の入職率は14.8%、離職率は14.2%で、いずれも前年から低下しました。離職理由の内訳では、「結婚」「出産・育児」「介護・看護」「その他の個人的理由」を合計した「個人的理由」による離職率は10.7%で、前年より0.7ポイント低下しています。

(※雇用動向調査は年計が翌々年にかけて順次公表されます。閲覧時点でより新しい年次が公表されている可能性があるため、最新値は厚生労働省のページでご確認ください。)

ここから読み取れるのは、離職の大半は解雇や事業縮小ではなく、本人の意思による「個人的理由」だということです。同調査では、転職入職者が前職を辞めた理由として、「労働時間・休日等の労働条件が悪かった」「職場の人間関係が好ましくなかった」「給料等収入が少なかった」といった項目が、毎年上位に並ぶ傾向が続いています。

また、転職入職者の賃金が前職と比べて「増加」した割合は近年上昇傾向にあり、転職が必ずしも待遇低下を意味しない環境になってきていることも、同調査から読み取れます。

押さえておきたいのは、離職理由の上位に来るのは「業務内容そのもの」より「労働条件と人間関係」だという点です。人事の悩みを考えるときも、この視点が効いてきます。

働く人全体のストレス状況

厚生労働省「令和6年労働安全衛生調査(実態調査)」では、現在の仕事や職業生活に関することで強い不安・悩み・ストレスを感じている労働者の割合は68.3%でした。

なお、同調査は令和6年から設問・選択肢の見直しが行われているため、前年(令和5年調査の82.7%)との単純な経年比較はできません。いずれにせよ、仕事上のストレスは働く人全体に広く見られるもので、人事という職種に限った現象ではない、という点は押さえておきたいところです。

人事職に生じやすい負荷を、7つの切り口で整理する

ここからは、人事・労務の実務解説や専門機関のコラムで繰り返し指摘される、人事という職種に生じやすい負荷を整理します。

なお、この「7つ」は特定の調査が7項目に分類したものではなく、当編集部が読みやすさのために整理した構成上の区切りです。統計的な分類ではない点にご留意ください。また、会社の規模・フェーズ・担当領域によって体感はまったく異なり、すべての人事担当者に当てはまるものでもありません。

1. 経営と現場の間に立つ場面が多い

人事は、経営が決めた方針を現場に伝え、現場の声を経営に戻す位置にいます。人員計画の変更、評価制度の改定、異動、賃金改定——いずれも、決定者ではないのに説明役を担う場面が多い職種です。ハラスメント相談や労務トラブルの対応でも、当事者双方の言い分の間に立ちます。

決定のプロセスと説明の役割が分かれていること自体は、組織運営上ある程度避けられない構造です。ただ、その説明役が続くことで負荷を感じるという声は、人事労務系のコラムでもたびたび取り上げられています。

2. 扱う情報の性質上、相談相手が限られやすい

人事は、他部署の人事情報、健康情報、処分に関する情報、退職に関する情報など、社内でも特に取り扱いに注意を要する情報を日常的に見ます。これらの個別情報を職務外に持ち出すことはできません。

ここで誤解を避けたいのは、「何も相談できない」わけではないという点です。個別の事案の中身は持ち出せませんが、自分自身の業務量・労働時間・体調については、上司、産業医、社内外の相談窓口に相談できます。制限があるのは「扱っている情報」であって、「自分の困りごと」ではありません。

とはいえ、業務の具体を共有できる相手が社内でも限られるため、抱え込みやすい構造にあるのは確かです。人事労務領域の実務解説でも、孤立感を感じやすい要因として挙げられています。

3. 感情労働の比重が大きい

面接、面談、相談対応、退職面談。人事の業務の多くは、相手の感情に丁寧に向き合い続けることを前提としています。自分の感情をコントロールしながら場を成立させる働き方は、社会学者A.R.ホックシールドが提唱した「感情労働」という概念で説明されることが多く、身体的な疲労とは異なる種類の消耗につながりやすいと論じられています。

前述のとおり、仕事上のストレスを感じる人の割合は働く人全体で7割弱にのぼります。人事だけが特別につらい、という話ではありません。

4. 成果が数値で表れにくい領域がある

営業のように売上で示せる職種と比べると、人事の成果には「離職が起きなかった」「トラブルにならなかった」という、起きなかったこととして現れる部分があります。そのため、「取り組みが評価につながっている実感を持ちにくい」と感じる人もいます。

ただし近年は、採用単価・定着率・研修受講率といった人事KPIの整備や、人的資本の情報開示の広がりによって、人事の取り組みを数値で説明する土台は整いつつあります。評価のされ方は、会社の制度設計によって大きく変わる部分です。

5. 業務範囲が年々広がっている

近年、人事の守備範囲は明確に拡大しています。

  • 労働関連法の改正対応(育児・介護休業法、労働時間管理、ストレスチェック制度の見直しなど)
  • 人的資本の情報開示への対応。上場企業では有価証券報告書での開示が進んでおり、内閣府令の改正・指針の改訂により、2026年3月期の有価証券報告書から開示項目がさらに拡充されます。加えて、サステナビリティ開示のSSBJ基準は2027年3月期以降、一定規模の企業から段階的に適用される予定です
  • HRテック/タレントマネジメントシステムの導入・運用、生成AIの活用検討

「人の管理」が人事部門の事務から経営課題へと位置づけ直された結果、求められる水準は上がりました。これはキャリアの機会でもある一方、人員や体制が伴わない場合には、そのまま業務負荷として積み上がります。

6. 担当領域が固定されると、経験の幅が広がりにくい場合がある

給与計算、社会保険手続き、採用のオペレーション——いずれも、法改正への正確な対応が求められる専門性の高い業務です。給与・社会保険領域は特に、毎年の制度変更を確実に反映する知識と精度が必要で、他職種から見て代替の効きにくい領域でもあります。

一方で、同じ担当領域に長く固定されると、「制度設計や人材戦略といった別の領域を経験する機会がないまま年数が過ぎる」という不安が生まれることがあります。人事領域の転職支援サービスの解説記事でも、退職を考えるきっかけとして「担当業務が固定化し、経験の広がりを感じにくい」という趣旨の指摘が見られます(※これらは転職支援事業者による解説であり、公的統計ではありません)。

これは本人の能力の問題ではなく、担当領域の切り分け方という組織側の設計に起因することが多いポイントです。

7. 繁忙の波は読めるが、避けにくい

新卒採用シーズン、年末調整、社会保険の算定基礎届、評価のとりまとめ、入社・退社の集中期。人事の繁忙期はカレンダー上ほぼ固定されており、予測できる一方で回避もしづらいのが特徴です。前述のとおり、離職理由の上位には「労働時間・休日等の労働条件」が入り続けています。

「人事の人は皆、辞めたがっている」わけではない

ここまで負荷を並べましたが、大前提として、人事の仕事に深い充実を感じている人は大勢います

  • 採用した人が活躍する姿を見られる
  • 制度を変えることで、組織全体の働きやすさを動かせる
  • 事業の全体像と、経営の意思決定に近い場所で仕事ができる
  • 労働法や社会保険の知識は、業界を越えて持ち運べる専門性になる

同じ会社、同じ職種でも、感じ方は人によって、またライフステージによって大きく異なります。この記事の内容が自分には当てはまらない、と感じたなら、それはまったく自然なことです。

続けるか、動くか:整理するための3つの問い

「辞めたい」と感じたとき、すぐに転職か残留かの二択に飛ぶ前に、原因の切り分けをおすすめします。

問い1:つらさの原因は「会社」か「職種」か

経営と現場の間に立つこと、扱う情報の機密性、感情労働の比重は、人事という職種に内在する要素です。一方、人員不足、属人化した体制、方針変更の多さ、評価のされ方は、その会社固有の事情であることが多い。前者が原因なら職種を変える検討が、後者が原因なら環境を変える検討が向いています。

問い2:社内の異動という選択肢は検討したか

人事から経営企画、事業部門付きの人事担当(HRBP)、労務専任、あるいは事業部門へ——同じ会社の中で、負荷の質を変えられるケースもあります。担当領域によっては社内公募制度や異動の実務に関わっていることもあり、制度を把握しやすい立場にいる場合もあります。

問い3:心身のサインは出ていないか

睡眠、食欲、休日の回復度。ここに不調が出ている場合は、キャリアの損得計算より先に、産業医や社外の相談窓口を使う段階です。制度を運用する側にいると、自分がその制度を使う側に回ることをためらってしまう——そうした声は、産業保健関連の解説でもしばしば紹介されています。制度は、運用する人自身のためにもあるものです。

情報収集としての、転職市場の見方

すぐ辞めるつもりがなくても、外の相場を知っておくこと自体に価値があります。自社の待遇や働き方が業界水準から見てどうなのかが分かると、「残る」という選択にも根拠を持てるからです。

人事職の転職支援には、いくつかのタイプがあります。特定の1社が万人に最適ということはないので、性質の違いで見比べるのが現実的です。

  • 総合型の転職エージェント:求人量が多く、他職種への転向も含めて相場観をつかみやすい
  • 管理部門・バックオフィス特化型のエージェント:人事・労務・経理などの職種理解が深く、求人票に出にくい実態(制度設計まで任されるのか、オペレーション中心なのか)を確認しやすい
  • ハイクラス/スカウト型のサービス:人事責任者・CHROクラスや、人的資本開示・HRテック導入の経験を評価する求人に触れやすい
  • 人材業界・HRテック業界に強いサービス:事業会社の人事から、支援する側(エージェント・SaaS)へ回るキャリアを検討する場合の選択肢

複数に登録して比較する人が多いのは、担当者との相性や、提示される求人の傾向がサービスごとに異なるためです。登録が転職を確約するものではありませんし、面談で「今は情報収集の段階です」と伝えて構いません。

この記事に出てくる用語

  • HRBP(HRビジネスパートナー):特定の事業部門に伴走し、その部門の人事課題を解決する役割。全社共通の制度を設計する「人事企画」とは性質が異なります。
  • 人的資本開示:従業員の育成方針、多様性、報酬などの「人に関する情報」を投資家向けに開示する取り組み。上場企業を中心に開示項目が広がっています。
  • CHRO(最高人事責任者):採用・育成・評価・組織開発・人的資本開示までを統括する経営層のポジション。
  • HRテック:人事業務を支援するITサービスの総称。勤怠、給与、タレントマネジメント、採用管理などの領域があります。
  • 算定基礎届:社会保険料の基準となる標準報酬月額を毎年決め直すための届出。例年7月が繁忙期になります。
  • 感情労働:自分の感情をコントロールし、相手に合わせた態度を保つことが職務の一部になっている働き方。

出典

公的統計(一次資料)

制度動向

実務解説・業界コラム

以下は民間事業者による解説記事で、公的統計ではありません。うち一部は転職支援事業を行う企業によるもので、当メディアの収益源(転職サービスの紹介)と利害が重なる立場にあります。その点を踏まえ、本文では「こうした指摘がある」という形にとどめ、断定的な結論の根拠としては用いていません。