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「経理は辞める人が多い」——検索するとそんな言葉が並びます。一方で、同じ会社で10年、20年と経理を続け、その専門性を武器にキャリアを築いている人も大勢います。どちらも本当の話です。
この記事では、「経理はつらい仕事だ」と決めつけるのではなく、公的統計と民間調査で確認できる事実をもとに、経理職の人が離職を考えるときにどんな理由が挙がりやすいのかを整理します。そのうえで、「今の会社の問題なのか、経理という職種そのものの問題なのか」を切り分けるための考え方もまとめました。
まず前提:「経理職の離職率」という公的統計は存在しない
最初に、読者の方に誠実にお伝えしておきたいことがあります。
離職率の代表的な公的統計である厚生労働省の「雇用動向調査」は、離職率を主に産業別(製造業、宿泊業・飲食サービス業など)に集計しています。経理は、製造業にもIT企業にも小売業にも存在する職種横断の仕事です。そのため、「経理職の離職率は◯%」と断定できる公的データは、現時点では公表されていません。
ネット上で見かける「経理の離職率は高い」という表現の多くは、公的統計ではなく、転職メディアの体感やアンケートに基づくものです。この記事でも、その点は区別して書いていきます。
参考までに、雇用動向調査で確認できる全体像はこうです。
- 令和6年(2024年)の離職率は14.2%、入職率は14.8%。前年より入職率・離職率とも低下しました。
- 産業別に見ると、一般労働者では宿泊業・飲食サービス業が18.1%など、離職率の高い産業と低い産業の差が大きく出ています。
- 転職して入職した人のうち、賃金が前職より「増加」した人の割合は上昇しています。
(出典:厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」2025年公表)
つまり、日本の労働市場全体で、1年に7人に1人程度が職場を離れているというのが基準線です。「経理だけが特別に辞めやすい」と言い切れる根拠はありませんが、「経理特有の負担がある」ことは、次に見る民間調査からある程度読み取れます。
数字で見る、経理職が「きつい」と感じていること
職種に絞った調査としては、民間企業のアンケート調査が参考になります。いずれもサンプルの取り方に偏りがあり得るため、「そういう傾向を示す調査がある」という読み方をしてください。
調査①:経理経験者367人が挙げた「きついこと」
株式会社ビズヒッツが、経理の仕事をしたことがある男女367人(女性248人/男性119人、2025年9月2〜16日にインターネット調査、同年11月公表)を対象に実施した意識調査では、上位が次のようになっています。
| 順位 | 内容 | 割合 |
|---|---|---|
| 1位 | 間違いが許されない | 26.7% |
| 2位 | 締め切りに追われる | 20.7% |
| 3位 | 細かい作業が多い | 16.9% |
(出典:株式会社ビズヒッツ「経理の仕事できついことに関する意識調査」2025年11月公表)
注目したいのは、上位3つがいずれも「精神的な緊張」に関するものだという点です。給与や人間関係よりも先に、「正確さへのプレッシャー」と「期限」が来ています。この調査に関する限り、経理という仕事の性質が回答に表れていると言えそうです。
調査②:負担が集中する時期と、その理由
経理業務の情報メディア「経理プラス」が2025年に公表した経理職向けアンケートでは、業務負担が集中する時期として決算期(本決算・監査対応)が最多。次いで月初(前月処理・仕訳確認)、年度末、月末(締め処理・請求書処理)と続きます。
その時期に負担が重くなる理由として挙がったのは、
- 残業時間の増加
- 関連部門からの対応が遅い
- 人手不足
- ミスが増える
という項目でした。また、ストレスを感じる業務としては「経営資料・社内レポートの作成」が最多で、「予算作成・予実管理」「年次決算の対応」が続いています。
なお、この調査は媒体上で調査期間・有効回答数・回答者属性が明示されていません。n数や属性が確認できない調査である点を踏まえ、傾向を示す参考値として扱ってください。
(出典:経理プラス「経理職アンケート調査2025」)
2位に「関連部門からの対応が遅い」が入っている点からは、経理の業務が他部門の進捗に左右されやすい側面がうかがえます。ただしこれは選択肢への回答であり、そこから「自分の努力だけでは仕事が終わらない」と断定できるものではありません。
経理の離職理由を5つに分類して整理する
上記の調査結果や、経理向け転職メディアで繰り返し言及される内容を踏まえ、離職理由を5つに整理します。もちろん、すべての経理職の人に当てはまるわけではありません。自分にどれが当てはまるか、当てはまらないかを確認する目安として読んでみてください。
① 「ミスが許されない」緊張感が日常的に続く
前述のビズヒッツ調査で1位(26.7%)になった項目です。経理が扱うのは会社のお金と、税務署・監査法人・金融機関・株主といった社外に出ていく数字です。1円の不一致が原因の追跡につながることもあります。
同調査の自由回答でも「間違えられないプレッシャーが常にある」「ミスをしないのが当たり前で、うまくいっても評価されにくい」といった趣旨の声が紹介されています。一方で、この緊張感を「集中できて心地よい」と語る経験者もおり、同じ環境でも受け止め方は人によって分かれます。
② 繁忙期と閑散期の波が大きく、自分では調整しにくい
月次決算、四半期決算、年次決算、税務申告、年末調整、監査対応。経理の一年には、あらかじめ動かせない締め切りが並んでいます。
しかも前述のとおり、遅れの要因が他部門側にある場合もあります。他部門からの請求書や経費精算、資料の提出が遅れると、そのしわ寄せが経理の残業として現れることがあります。
ただしこれは、他部門の担当者の怠慢という話ではありません。提出する側にもそれぞれの繁忙期や優先業務があり、そもそも提出期限・申請フロー・システムの設計が実態に合っていないことも少なくありません。個人の問題というより、社内フローの設計の問題として捉えたほうが、解決に近づきやすい領域です。
③ 人手不足と「一人経理」による属人化
Sansan株式会社が2024年3月18〜21日に実施した「経理の人手不足に関する実態調査」(全国の経理担当者1,000人対象、同年3月28日公表)では、経理部門の半数以上が人手不足を感じており、そのうち約9割が「深刻」と回答したと報告されています。一方で、人手不足への対策が十分に進んでいる企業は限られるという結果も示されています。
(出典:Sansan株式会社「経理の人手不足に関する実態調査」2024年3月公表。実施から時間が経過しているため、現在の状況とは差がある可能性があります)
また、株式会社ミロク情報サービスが公表している中小企業の経理担当者向け実態調査などでも、相談相手がいないこと・業務が属人化することが課題として挙げられています(同調査の調査期間・有効回答数の詳細は公表資料をご確認ください)。
経理担当者が実質1人という「一人経理」の体制は、組織規模が小さい会社ほど生じやすい構造です。属人化(その業務がその人にしかできない状態)は、会社にとってリスクであると同時に、担当者本人にとっても負担になります。休みづらい、引き継げない、辞めると言い出しにくい——という形で、じわじわ効いてきます。
一方で、「規模が小さい=つらい/大きい=恵まれている」という単純な図式ではありません。大企業でも、連結決算や開示対応、内部統制監査の負荷は高く、分業が進むぶん担当範囲が狭く感じられることもあります。逆に少人数の組織では、経営者との距離が近く、資金繰りや経営判断に関わる裁量を早い段階で得られるケースもあります。規模ごとに負担の「種類」が違う、と捉えるのが実態に近いでしょう。
④ 成果が評価に結びつきにくいと感じる場合がある
経理はコストセンター(直接的な売上を生まない部門)に分類されることが多い職種です。営業のように数字で成果を示しにくく、「ミスがなかったこと」は評価表に書きづらい——という構造が指摘されることがあります。
ただし、評価の仕組みは企業によって大きく異なります。決算早期化の日数、月次締めの精度、業務改善による工数削減などを定量指標として設定し、管理部門を積極的に評価している企業もあります。「経理だから評価されない」のではなく、評価制度の設計次第で差が出る領域と考えるほうが正確です。
また、経理部門のポスト数が限られる組織では、上位職が空かず役職が動きにくいという事情もあります。実務能力は年々上がっているのに、肩書きも給与も動かない。そこに「このままでいいのか」という疑問が生まれます。
⑤ 制度改正とAI化への不安
近年の経理は、インボイス制度、電子帳簿保存法、各年度の税制改正と、制度対応の連続にさらされてきました。これらは既に施行され実務に組み込まれている一方、税制改正は毎年度行われるため、新しいルールを学び直す負荷は今後も継続的に発生します。「一度覚えれば終わり」にならないことが、この職種の特徴のひとつです。
加えて、AI・自動化の進展があります。自動仕訳、請求書のデータ化、経費精算のチェックなどはすでに実用段階に入っており、「自分の仕事はなくなるのでは」という不安を口にする人もいます。
ただし、各種の業界レポートで共通して指摘されているのは、経理の仕事は「なくなる」のではなく「中身が入れ替わる」という見方です。入力・照合といった定型作業の比重が下がり、管理会計、予実分析、資金繰り、内部統制といった判断を伴う領域の比重が上がる。つまり不安の正体は消滅ではなく、求められるスキルの移行にあると考えるほうが実態に近いでしょう。
知っておきたい用語ミニ解説
記事に出てきた用語を、経理以外の方にも分かるよう補足します。
- 月次決算/年次決算:1か月ごと/1年ごとに、会社の業績と財産状況をまとめる作業。年次決算は税務申告や監査につながるため、特に負荷が高い。
- 予実管理(よじつかんり):予算と実績を比べ、差が出た原因を分析して報告する業務。経営判断の材料になる。
- 仕訳(しわけ):お金の動きを、決められたルールで帳簿の科目に振り分けること。経理の基本作業。
- 属人化:特定の業務が特定の個人にしか分からない状態。担当者が不在になると業務が止まるリスクがある。
- コストセンター:直接的には売上を生まず、費用として計上される部門。経理・人事・総務などが該当することが多い。
- 一人経理:経理担当者が実質1名で、記帳から決算まで幅広く担っている体制。小規模な組織で見られる。
一方で、経理を続けている人が挙げるメリット
離職理由だけを並べると偏るので、逆側も書きます。経理職の強みとしてよく挙げられるのは次の点です。
- 業種を選ばない汎用性:どんな会社にも経理は必要で、業界が変わってもスキルが持ち運べる。
- 年齢を重ねても働きやすい:経験がそのまま価値になりやすく、体力勝負になりにくい。
- 繁忙期以外は予定が読める:年間スケジュールがある程度決まっているため、閑散期には休みを取りやすい職場もある。
- 資格が実務と直結する:日商簿記、経理・財務スキル検定(FASS)、税理士科目、USCPAなど、努力が形になりやすい。
- 求人ニーズが安定している:転職支援各社が公表する管理部門系の市場レポートでは、経理・財務の求人ニーズは底堅く推移しているとする見方が複数示されています(具体的な求人倍率の数値は、各社レポートの公表時点・集計対象により異なるため、最新版でご確認ください)。
「つらい」と「価値がある」は、同じ仕事の中に同居します。
辞める前に切り分けたい、3つの問い
同じ「経理を辞めたい」でも、原因の所在で取るべき行動が変わります。次の3つで整理してみてください。
問い1:それは「会社の問題」か「職種の問題」か
- 会社の問題の例:人員が明らかに足りない/部門間の連携フローが整っていない/紙とExcelの手作業が中心/評価制度が機能していない
- 職種の問題の例:数字を扱う細かい作業そのものが合わない/締め切りの緊張感が根本的に苦手/人と関わる仕事がしたい
前者なら、同じ経理職のまま環境を変える選択肢が有力です。会計システムが整備され、人員に余裕のある会社に移るだけで、体感が大きく変わったという声は多くあります。後者なら、経験を活かせる隣接職種(経営企画、財務、内部監査、会計事務所、経理システムの導入支援・カスタマーサクセスなど)を視野に入れる価値があります。
問い2:疲れているのは「今」か「ずっと」か
決算期の真っ最中に将来を決めるのは、おすすめしにくい判断です。繁忙期のピークと、落ち着いた時期の両方で同じ気持ちが続くかどうかを確かめてから動いても遅くありません。
問い3:今の自分の市場価値を、確認したことがあるか
「辞めるかどうか」と「自分にどんな選択肢があるか」は、別の問題です。選択肢を知らないまま我慢するのも、知らないまま飛び出すのも、どちらも避けたいところ。まずは情報を持つことが、どちらの結論にも効いてきます。
転職を考える場合、比較しておきたい観点
実際に情報収集をするなら、サービスを1社だけ見て決めるより、タイプの違うものを並べて比べたほうが判断しやすくなります。経理職の場合、主に次のジャンルがあります。
- 管理部門・士業特化型のエージェント:経理、財務、人事、法務など、バックオフィス職に強い。経理の業務レベル(記帳中心か、決算まで担うか、連結・開示まで対応するか)を前提に話が通じやすいのが特徴。
- 総合型の大手エージェント:求人数が多く、業界を横断して比較できる。経理から経営企画などへの職種転換も含めて相談しやすい。
- 会計事務所・税理士法人に強いエージェント:資格取得と並行してキャリアを組みたい人向け。
- スカウト型の転職サイト:登録して待つ形式のため、在職中でも負担が小さい。自分の経歴にどんな求人が届くかで、市場価値の目安がつかめる。
- 派遣・時短勤務に対応したサービス:繁忙期の負荷を下げたい、家庭と両立したいといった条件を優先する場合の選択肢。
見るべきポイントは、求人数の多さよりも、経理の業務範囲を正しく理解してもらえるかです。「決算のどこまでを一人で回していたか」「使っていた会計システムは何か」「上場企業か非上場か、単体か連結か」——この解像度で話が噛み合う相手かどうかで、提案の質はかなり変わります。
登録は転職の決定ではありません。自分の経験がどう評価されるかを知っておくという、情報収集の一手段として使えます。そのうえで「今の会社のほうが条件は良かった」と分かって残る人も、実際にいます。
まとめ:辞める理由を知ることは、残る理由を知ることでもある
この記事で確認してきたことを整理します。
- 公的統計に「経理職の離職率」はなく、「経理は特別に辞める人が多い」とデータで断定することはできない。
- ただし民間調査では、「間違いが許されない」「締め切りに追われる」「細かい作業が多い」といった精神的な負担が上位に挙がっている。
- 背景として指摘されるのは、決算期に集中する業務量、部門間の連携フローに左右される構造、人手不足と一人経理による属人化、成果が評価に反映されにくいと感じられる場合があること、制度改正とAI化への不安。
- 一方で、業種を問わない汎用性、年齢を重ねても働きやすいこと、安定した求人ニーズといった強みもある。
- 大事なのは、不満の原因が「会社」にあるのか「職種」にあるのかを切り分けること。
「辞めたい」という気持ちを分解していくと、多くの場合その中には「本当はこうだったら続けられる」という条件が隠れています。その条件を言葉にできれば、転職するにしても、今の会社で交渉するにしても、次の一歩が具体的になります。
数字を正確に扱い、会社の土台を静かに支える仕事に、日々向き合っている方へ。その経験は、どの選択をするとしても、確かに価値のあるものです。
※本記事で紹介した調査結果は、各調査の回答者に見られた傾向を示すものです。同じ経理職でも、企業規模・業界・担当範囲・職場環境によって働き方の実感は大きく異なります。「経理職の人は皆こう感じている」という趣旨ではありませんので、ご自身の状況と照らし合わせながら参考にしてください。
参考にした主なデータ・調査
- 厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」(2025年公表)
- 株式会社ビズヒッツ「経理の仕事できついことに関する意識調査」(2025年9月実施/11月公表、経理経験者367人対象)
- 経理プラス「経理職アンケート調査2025」(調査期間・有効回答数は媒体上非公表)
- Sansan株式会社「経理の人手不足に関する実態調査」(2024年3月実施・公表、全国の経理担当者1,000人対象)
- 株式会社ミロク情報サービス「中小企業の経理担当者の働き方&実務の困りごと実態調査」
- 転職支援各社が公表する経理・財務の転職市場レポート