「今月も数字が足りない」「土日に電話が鳴るのがつらい」——個人向けの営業職(いわゆるBtoC営業)で働く方から、こうした声が聞かれることは少なくありません。一方で、同じ仕事を「お客さまの人生に関われる面白い仕事」と語る人もいます。同じ職種でも感じ方は人によって大きく異なる、というのが実態です。
この記事では、「個人営業は辞める人が多いと言われるが、統計から何が言えて、何が言えないのか」「辞めたいと感じる人は、どんな理由を挙げているのか」を、厚生労働省の公的統計をもとに整理します。特定の企業や商材を批判する意図はなく、あくまで職種・業界全体の傾向として扱います。
なお、本記事では「続けるか、動くか」を考える材料として転職支援サービスのジャンルにも触れます。記事内のリンクには広告(アフィリエイト)を含む場合があります。
そもそも「個人営業」とは?法人営業との違い
個人営業とは、個人のお客さま(消費者)を相手に商品やサービスを提案する仕事です。代表的なのは、保険、住宅・不動産、自動車、通信回線、リフォーム、教育・学習サービス、金融商品などの分野です。
法人営業(BtoB営業)との主な違いは、次のような点だとよく指摘されます。
| 観点 | 個人営業(BtoC) | 法人営業(BtoB) |
|---|---|---|
| 相手 | 個人・家庭 | 企業・団体 |
| 商談相手 | 決裁者本人であることが多い | 担当者→上長→決裁と多層 |
| 稼働時間帯 | 相手の休日・夜間に合わせやすい | 平日日中が中心になりやすい |
| 1件あたりの単価 | 相対的に小さく件数で積む傾向 | 大きいが期間が長い傾向 |
| 新規開拓手法 | 訪問・電話・紹介・来店対応など | リスト営業・展示会・既存深耕など |
もちろん、これは一般的な傾向であって、業界や会社によって実際の働き方は大きく違います。ただ「お客さまの生活時間に合わせる場面がある」「1対1で意思決定の場に立ち会う」という構造は、後述する「つらさ」の語られ方の背景として押さえておくと、見通しが良くなります。
統計で見る実態:まず「わからないこと」から確認する
最初に押さえておきたいのは、「個人営業」という職種単位の離職率を直接示した公的統計は存在しないということです。厚生労働省の統計は基本的に産業(業種)別・年齢別・事業所規模別の集計であり、職種を「個人営業」で切り出した数字は公表されていません。したがって、ネット上で見かける「個人営業の離職率は○%」といった断定的な数字は、出典を確認する必要があります。
この記事のタイトルを「辞める人が多いのはなぜか」ではなく「辞めたいと感じる人がいるのはなぜか」としているのも、この理由によります。以下は「個人営業が特別に離職の多い職種である」ことを示すデータではなく、周辺の統計から言える範囲の話として読んでください。
1. 全産業の離職率は年14%台
厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」によると、令和6年の常用労働者の離職率は14.2%(前年比1.2ポイント低下)、入職率は14.8%(同0.4ポイント低下)でした。日本全体では、1年間におよそ7人に1人が職場を離れている計算になります。まずはこの14%台が、あらゆる職種を見るときの基準線です。
なお、この調査は産業別の集計であるため、「営業職」という切り口での離職率はここからも算出できません。
2. 新卒3年以内離職率:産業によって高低の幅が大きい
厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」によると、就職後3年以内の離職率は大学卒33.8%、高校卒37.9%でした。産業別に見ると、次のような分布になっています。
大学卒(3年以内離職率が高い産業)
| 産業 | 3年以内離職率 |
|---|---|
| 宿泊業・飲食サービス業 | 51.4% |
| 生活関連サービス業・娯楽業 | 48.0% |
| 教育・学習支援業 | 46.0% |
| 医療・福祉 | 38.8% |
| 小売業 | 38.5% |
高校卒(3年以内離職率が高い産業)
| 産業 | 3年以内離職率 |
|---|---|
| 宿泊業・飲食サービス業 | 62.6% |
| 生活関連サービス業・娯楽業 | 57.0% |
| 小売業 | 48.3% |
| 教育・学習支援業 | 48.1% |
ここで注意が必要なのは、個人営業が多い産業は、この上位リストに集中しているわけではないという点です。冒頭で挙げた代表分野のうち、保険・金融商品は「金融業,保険業」、住宅・不動産は「不動産業,物品賃貸業」に分類されます。公表資料では、金融業・保険業は大学卒の全体平均(33.8%)を下回る水準、不動産業・物品賃貸業は平均前後の水準として報告されており、高離職率の産業とは位置づけが異なります(産業別の詳細な数値は、厚生労働省の公表資料でご確認ください)。
つまり、個人営業という職種は、離職率が平均より高い産業にも、平均前後・平均以下の産業にもまたがって存在しています。「個人営業の職場は離職率の高い産業に多いから、辞める人が多い」という説明は、産業分類と職種が一致しないことを無視した当てはめになってしまいます。産業別の数字から、個人営業という職種の離職傾向を直接読み取ることはできない、というのが正確な結論です。
3. むしろ差が大きいのは「事業所規模」
同じ調査では、事業所規模別の3年以内離職率(大学卒)は、従業員5人未満で57.5%、1,000人以上で27.0%と、2倍以上の開きがあります。
これは職種を問わない全体の傾向ですが、「何の仕事か」だけでなく、教育制度や労務管理の体制といった環境要因が定着率に大きく関わりうることを示すデータといえます。同じ商材を扱っていても、会社が変わると働き方が一変するという話が現場で語られるのも、この文脈で理解すると納得しやすいかもしれません。
個人営業で「つらい」と語られやすい7つのポイント
厚生労働省「雇用動向調査」の「前職を辞めた理由」では、定年・契約満了などを除く個人的理由のうち、「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」「職場の人間関係が好ましくなかった」「給与等収入が少なかった」が例年上位に並びます。これは全産業共通の傾向です。
以下では、この公的統計で上位に来る理由が、個人営業という仕事の構造とどう結びつきやすいかを整理します。統計で裏づけられているのは「全産業で上位の離職理由である」ことまでで、個別の項目は編集部が取材・読者の声から見聞きする範囲の傾向です。順番も語られる頻度の目安であり、厳密な順位ではありません。
1. 数字(ノルマ・目標)のプレッシャー
個人営業は単価が相対的に小さく、件数で積み上げる構造の職場が多いため、目標が月次・週次・日次と細かく設定されやすいという声が聞かれます。
ここで大事なのは、プレッシャーそのものが問題とは限らず、「達成の見通しが立つか」「未達時の扱いが公正か」で体感が大きく変わるという点です。同じ目標数字でも、見込み客(リード)が会社から供給される環境と、完全に自力で開拓する環境では、負荷の質がまったく異なります。「ノルマがきつい」と感じたときは、数字の大きさではなく、そこに至る手段が用意されているかを見てみると、原因を特定しやすくなります。
2. 成果が収入に直結し、収入が読みにくい
インセンティブ比率が高い設計では、好調時のリターンは大きい一方、不調期の生活設計が難しくなります。「給与等収入が少なかった」が全産業で上位の離職理由であることを踏まえると、個人営業の場合は金額の絶対値よりも「変動の大きさ」が負担として語られやすいという特徴があります。結婚・出産・住宅購入などライフステージの変化を機に働き方を見直す人が一定数いるのも、この領域でよく聞く話です。
3. 稼働時間がお客さまの生活時間に左右される
個人のお客さまと会える時間は、平日の夜や土日祝に偏りがちです。そのため、暦どおりの休日が取りにくかったり、休日に連絡が入ったりする職場もあります。「労働時間、休日等の労働条件」は雇用動向調査で常に上位の離職理由であり、個人営業ではこれが表面化しやすい構造がある、と整理できます。
ただし、来店型・オンライン完結型など、稼働時間の設計が異なる職場も増えています。同じ個人営業でも一律ではありません。
4. 断られる場面との向き合い方
新規開拓では、成約に至らない件数のほうが多くなるのが一般的です。これは仕事の性質上避けられない部分ですが、1対1の対面や電話でお断りを受ける場面が続くと消耗する、という声は編集部にもよく届きます。
一方で、「断られるのは商品と状況の問題であって、自分の否定ではない」と切り分けられる人にとっては、それほど大きな負担にならないとも語られます。ここは適性や経験年数による個人差がとくに大きい領域で、職種イメージだけで一般化はできません。
5. 人間関係・マネジメントスタイルとの相性
「職場の人間関係が好ましくなかった」は、雇用動向調査でも一貫して上位の離職理由です。営業組織では、目標管理の方法、朝礼や会議の運用、上司の指導スタイルが働きやすさを大きく左右します。
これは業界の問題というより個々の職場文化の問題であり、同業他社への移動で改善する例もあれば、しない例もあります。「業界を変えないと解決しない」と決め込む前に、原因が会社固有のものかどうかを見極める価値があります。
6. スキルの汎用性への不安(キャリアの見通し)
「このまま続けて、5年後・10年後に何が残るのか」という問いは、20代後半〜30代で浮上しやすいテーマです。実際には、個人営業で培うヒアリング力・提案力・関係構築力は他職種でも評価されやすいスキルだとされますが、それを職務経歴書などの形で言語化できていないと「自分には何もない」と感じやすくなる、という指摘もあります。
不安を感じたときは、転職の意思にかかわらず、これまでの実績や工夫を書き出して棚卸ししてみると、現在地を把握しやすくなるでしょう。
7. 商材やルールへの納得感
お客さまの生活に長く影響する商材(保険・住宅・教育など)を扱う場合、「自分が本当に良いと思えるものを、良いと思える形で届けられているか」が働く動機に直結します。ここに違和感が生まれると、成績が良くても意欲が続きにくくなる、という声は少なくありません。
販売手法や説明プロセスのルールは会社ごとに設計が異なります。納得感が揺らいでいるときは、それが業界全体の構造によるものか、いま所属する組織の方針によるものかを分けて考えると、次の一手を選びやすくなります。
一方で、続けている人が挙げる価値
離職理由ばかりを並べると偏るので、対になる話も書いておきます。個人営業を長く続けている方が語る価値として、次のような点がよく挙げられます。
- 決裁者と直接話せる:稟議や社内調整を経ずに、目の前の人の判断で決まる速さ。
- 成果が明快に評価される:年功ではなく数字で評価されるため、若手でも実力が反映されやすい。
- 感謝がダイレクトに届く:人生の節目に関わる商材ほど、お礼の言葉が直接返ってくる。
- どこでも通用する対人スキル:初対面の相手と信頼関係を築く力は、職種を越えて活きる。
繰り返しになりますが、「辞めたい」と感じている人が多数派だと示すデータはありません。同じ環境でも、やりがいを感じて長く働き続けている方が数多くいます。
「辞めたい」の正体を切り分ける4つの問い
感情のまま動くと、同じ不満を別の職場で繰り返すことがあります。編集部としておすすめしたいのは、辞める/辞めないを決める前に、不満の対象を切り分けることです。
- 仕事内容が合わないのか? 「人と話して提案すること」自体が負担なのか、それとも提案自体は好きなのか。
- 商材・顧客層が合わないのか? 個人向けはしっくりこないが、法人向けなら手応えがある、という人は一定数います。
- 働き方(時間・休日・評価制度)が合わないのか? 同じ職種でも、会社を変えると解決する可能性がある領域です。
- 職場の人間関係・マネジメントが合わないのか? 異動で解決するか、環境そのものを変える必要があるか。
この4つのうちどれが主因かによって、取るべき打ち手はまったく違います。1が主因なら職種転換、2〜4が主因なら同職種内での環境変更も選択肢に入ります。
選択肢を知っておく、という準備の仕方
すぐ辞めるつもりがなくても、「自分の経験が社外でどう評価されるか」を知っておくこと自体は、現職を続ける判断にも役立ちます。市場価値がわかることで、「今の待遇は悪くない」と納得できる場合もあるからです。
情報収集の手段としては、次のようなジャンルがあります。いずれも一長一短があり、どれか1つが万能というわけではありません。
- 総合型の転職エージェント:求人数が多く、他業種・他職種への可能性も含めて広く見たいときに向く。
- 営業職・業界特化型のエージェント:個人営業から法人営業、インサイドセールス、カスタマーサクセスなど、近接領域の相場観に詳しい傾向。
- 転職サイト(求人検索型):自分のペースで求人を眺め、条件の相場を知るのに向く。担当者との面談が不要。
- スカウト型サービス:職務経歴を登録して反応を見ることで、市場からの評価を受動的に測れる。
- ハローワーク・地域の就労支援窓口:地元企業や公的支援制度の情報を得たい場合の選択肢。
比較する際は、「求人数」だけでなく、担当者が自分の業界の商習慣を理解しているか、希望しない求人を勧めてこないか、在職中でも面談時間を調整できるかといった観点を持つと、ミスマッチを避けやすくなります。複数を併用して、言うことが一致する部分・しない部分を見比べるのも有効です。
記事に出てきた用語の補足
- BtoC営業/BtoB営業:BtoCはBusiness to Consumerの略で個人向け、BtoBはBusiness to Businessの略で法人向けの営業を指します。
- インセンティブ:成果に応じて支給される歩合部分の報酬。基本給との比率は会社ごとに大きく異なります。
- リード:見込み客の情報。広告や問い合わせから供給される場合と、自力で開拓する場合で営業の負荷が変わります。
- インサイドセールス:訪問せず電話・メール・オンライン商談で進める営業手法。
- カスタマーサクセス:契約後のお客さまの活用・継続を支援する職種。新規獲得の数字より、継続率や満足度で評価される点が営業職と異なります。
- 離職率(雇用動向調査):年初の常用労働者数に対する、その年の離職者数の割合。産業別・規模別に公表されています。
- 3年以内離職率(新規学卒就職者の離職状況):新卒で就職した人のうち、3年以内に離職した人の割合。学歴別・産業別・事業所規模別に公表されています。
出典
- 厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」(2025年公表)——離職率14.2%、入職率14.8%、前職を辞めた理由の順位
- 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」(2025年10月公表)——学歴別・産業別・事業所規模別の3年以内離職率
※統計数値は公表時点のものです。最新の数値および産業分類ごとの詳細は、各機関の公表資料をご確認ください。本文中で「声が聞かれる」「語られる」と記した部分は、公的統計に基づく数値ではなく、編集部が見聞きする範囲の傾向として記載しています。
まとめ:数字は「地図」であって「判決」ではない
公的統計からわかるのは、日本全体の離職率が年14%台であること、新卒3年以内の離職率は産業と事業所規模によって大きく差があること、そして離職理由の上位が「労働条件」「人間関係」「収入」であること——ここまでです。「個人営業」という職種の離職率を示す公的データは存在しません。
一方で、お客さまの生活時間に合わせる働き方、件数で積み上げる目標設計、成果と収入の連動といった構造上、全産業共通の離職理由が個人営業では表面化しやすい場面がある——これは編集部が現場の声から感じている傾向です。同時に、決裁者と直接向き合える面白さや、汎用性の高い対人スキルを評価して長く続けている方も大勢います。
大切なのは、統計上の傾向をそのまま自分に当てはめないことです。「個人営業の人はみんな辞めたがっている」ということはありません。感じ方は、扱う商材、会社の評価制度、上司との相性、そして本人が何を大事にしたいかによって大きく異なります。
今つらさを感じているなら、まずは何が負担なのかを4つの問いで切り分けてみてください。そのうえで、現職の中で交渉・異動によって変えられることを探すのか、環境そのものを変えるのかを選べば、納得感のある判断に近づけるはずです。どちらを選んだとしても、選択肢を知っておくことは損になりません。