「小学校の先生は辞める人が多いらしい」——そんな話を耳にしたことがある人は多いと思います。いま職員室で疲れを感じている方もいるかもしれません。
この記事では、その「多いらしい」を感覚ではなく数字で確かめます。文部科学省の各種調査や厚生労働省の統計をもとに、小学校教師を取り巻く現状と、休職・離職の背景にある要因を整理しました。あわせて、「続ける」「動く」のどちらを選ぶにしても役に立つ判断材料をまとめています。
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まず前提:「全員が辞めたがっている」わけではない
先に押さえておきたいことが2つあります。
1つ目。小学校教師の状況は、「離職率」という1つの数字では語りにくいということです。 後述するとおり、よく引用される厚生労働省「雇用動向調査」の離職率は民営事業所を対象としたもので、公立学校の教員は集計の対象外です。公立学校教員の離職の状況は、文部科学省「学校教員統計調査」などで別に把握されており、他業種の離職率とそのまま横並びで比較できる数字ではありません。「他業種より高い/低い」と断定するには、本記事で確認できた範囲の資料では根拠が足りない、というのが正直なところです。
2つ目。一方で、心身の不調による休職者は統計上はっきりと高止まりしています。 また、若手の早期離職や教師不足も、文部科学省の調査や各種報道で課題として取り上げられています。
つまり実態は「みんなが辞めている」でも「問題はない」でもなく、同じ職種でも、勤務校・担当学年・支援体制によって負担の集中度合いに大きな差が出ている状態に近いと考えられます。この前提を飛ばすと、「教員は過酷だから辞めたほうがいい」といった単純化になってしまいます。以下、具体的な数字を見ていきます。
データで見る小学校教師の実態
① 精神疾患による休職は高止まり
文部科学省「公立学校教職員の人事行政状況調査」によると、精神疾患を理由に病気休職した公立学校の教育職員は、令和5年度(2023年度)に7,119人で過去最多を記録し、令和6年度(2024年度)も7,087人とほぼ同水準の高止まりが続いています。全教育職員に占める割合は0.77%です。
校種別に見ると、令和6年度は小学校3,458人・中学校1,639人で、小学校が全体の約半数を占めています。年代別では30代が多い傾向が報じられています(年代別内訳は年度により公表形式が異なるため、詳細は各年度の調査結果をご確認ください)。
同調査では、休職に至った主な要因として「児童生徒への指導」「職場の対人関係(上司・同僚など)」「校務(事務や調査対応)」が挙げられています。授業そのものだけでなく、人間関係と事務負担が重なっている構図が読み取れます。
② 在校等時間は依然として長い
文部科学省「令和4年度 教員勤務実態調査」では、通常期(10〜11月)における小学校教諭の平日1日あたりの在校等時間は10時間45分。1か月あたりの時間外在校等時間は約41時間と推計されています。
さらに、1週間の総在校等時間が50時間以上だった小学校教諭は64.5%でした。教員の所定勤務時間は週38時間45分が基本のため、週50時間はおよそ週11時間の時間外に相当します。この状態が1か月続いたと単純計算した場合、国が示す時間外勤務の上限指針(月45時間)を超える水準になります(あくまで概算であり、64.5%がそのまま「指針超え」と認定されているわけではありません)。
前回(平成28年度)調査からは20〜30分程度短縮しており、有給休暇の取得日数が増えるなどの改善も見られました。ただし、水準そのものは依然として高いままです。
③ 教師不足が現場の負荷を押し上げている
文部科学省の実態調査では、2025年5月1日時点の公立学校における「教師不足」は3,827人(0.45%)。2021年5月1日時点の2,065人(0.25%)から増加しています。校種別では小学校が1,699人(0.44%)と報じられています。
欠員が出れば、その分の授業や校務は在職者が分担することになります。「休職者が出ることで残った教員の負担が増え、さらに不調者が出る」という循環のリスクは、教育行政や現場から繰り返し指摘されている論点です。
④ 採用倍率の低下
文部科学省の調査によると、公立学校教員採用選考試験の競争率は全体で2.9倍、小学校は2.0倍と、いずれも過去最低を更新しました(2024年度実施・令和7年度採用)。
ただし、倍率の低下は志望者側の事情だけで決まる数字ではありません。大量採用世代の定年退職に伴って採用者数(分母)が増えていることも、倍率を押し下げる大きな要因として文部科学省の資料で挙げられています。「倍率が下がった=職業の魅力がなくなった」と単純に結びつけるのではなく、採用数と受験者数の両面から見る必要があります。
数字を読むときの注意点
よく「教育・学習支援業の離職率は15%超」といった数字が引用されます。これは厚生労働省「雇用動向調査」のもので、たとえば令和6年(2024年)上半期の教育,学習支援業の離職率は15.6%(入職率17.0%)でした。
ただし、この調査の対象は民営事業所であり、学習塾や予備校なども含まれる一方、公立学校の教員は含まれていません。 小学校教師の話にそのまま当てはめるのは適切ではない、という点は押さえておいてください。
また同調査は半期・年次で更新されており(執筆時点では令和7年上半期分まで公表)、引用する際は必ず最新の公表版と調査時点を確認することをおすすめします。
小学校教師が「辞めたい」と感じる理由・5分類
各種調査の内容を踏まえ、代表的な要因を5つに整理します。どれが強く効いてくるかは人によって大きく異なります。
1. 労働時間の長さと「持ち帰り」
前述のとおり、在校等時間だけで平日10時間超。加えて、教材研究・丸つけ・所見の作成などが自宅に持ち帰られるケースもあります(在校等時間には持ち帰り業務は原則含まれません)。授業以外の業務(行事準備、会計、各種調査への回答、研修レポート)が積み上がり、「授業準備が一番後回しになる」という声は現場からしばしば聞かれます。
2. 保護者・地域対応の心理的負担
教育新聞の読者アンケート(2025年)では、保護者対応に何らかのストレスや精神的負担を感じている人が8割以上にのぼりました。
小学校は保護者との接点が中学・高校より多く、連絡帳・電話・面談などの対応が日常的に発生します。対応の多くは日常的な連絡や相談であり、一件ごとに丁寧さが求められることの積み重ね自体が負担になりやすい、という側面があります。
3. 業務の多様化と専門性の要求
特別な支援を要する児童への対応、ICT端末の管理と活用、いじめ・不登校への組織的対応、食物アレルギーを含む安全管理、外国にルーツを持つ児童への支援——学級担任が担う領域は年々広がっています。研修が増えても、その時間が別のどこかから自動的に捻出されるとは限りません。
4. 職場の人間関係と相談のしやすさ
人事行政状況調査でも、休職の要因として「職場の対人関係(上司・同僚など)」が挙げられています。学年団や管理職との関係、校内の分担のあり方によって、同じ業務量でも負担の感じ方が変わる場合があります。「困っていると言い出しにくかった」という声もあり、相談しやすい体制があるかどうかは、働き続けられるかを左右する要素のひとつと言えそうです。
5. 給与・処遇と「時間外」の扱い
公立学校教員には、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)により、時間外勤務手当の代わりに教職調整額が支給されてきました。この仕組みが「働いた分が反映されにくい」と受け止められてきた面があります。
ただし、ここは制度が動いています。2025年6月に改正給特法が成立し、給与月額の4%だった教職調整額は2026年1月に引き上げが始まり、段階的に引き上げられて2031年1月に10%となる予定です。あわせて、管理職と教諭の間で校務を調整する「主務教諭」の創設、学級担任手当の加算、教育委員会に対する「業務量管理・健康確保措置実施計画」の策定・公表の義務化なども盛り込まれました。効果がどこまで現場に届くかは、これから数年の観察対象です。
押さえておきたい用語
- 給特法:公立学校教員の給与・勤務条件を定めた特別法。残業代の代わりに教職調整額を支給する仕組みを定めている。
- 教職調整額:上記に基づき一律支給される手当。長らく給与月額の4%だったが、10%へ段階的に引き上げられる。
- 在校等時間:学校にいた時間などを合計した、勤務時間管理の基準となる指標。持ち帰り業務は原則含まれない。
- 上限指針:時間外在校等時間を原則「月45時間・年360時間」以内とする国の指針。
- 条件附採用:新規採用教員に設けられる、おおむね1年間の試用的な期間。
- 教師不足:各学校に配置されるべき教師の数に対し、実際の配置が満たない状態。
それでも多くの先生が続けている理由
負担の話だけでは実態を見誤ります。教育新聞が実施した教員の職業観調査(2022年公表)では、やりがいを感じる場面として「児童・生徒の成長が感じられたとき」が79.4%、「児童・生徒の笑顔をみたとき」が52.8%と、高い数字が出ています。
パーソル総合研究所の「教員の職業生活に関する定量調査」でも、過重労働や処遇への不満を解消することに加えて、自己成長や他者貢献を実感できる機会があることが、職業生活のウェルビーイングを左右すると指摘されています。
負担の大きさとやりがいの大きさが同居しているのが、この仕事です。「つらい=辞めるべき」でも「やりがいがある=我慢すべき」でもなく、自分にとってどちらの比重が大きいかを見極めることが出発点になります。
「続ける」「動く」を判断するための整理法
いきなり結論を出す必要はありません。次の3ステップで整理すると考えやすくなります。
ステップ1:自分の負担が「構造由来」か「環境由来」かを切り分ける
長時間労働のように制度や業務量の設計に根ざした部分もあれば、校内の分担、担当学年、地域性など、異動や話し合いで変わりうる部分もあります。後者の比重が大きいと感じるなら、退職より先に、異動希望や校内での分担見直しの相談が選択肢になります。
ステップ2:数字で自分の状況を測る
自分の1週間の在校等時間、持ち帰り時間、睡眠時間を2週間だけ記録してみてください。全国平均(小学校教諭で平日10時間45分)と比べることで、「自分だけがしんどいのでは」という自責を、客観的な情報に置き換えられます。なお、心身の不調が続く場合は、辞める・辞めない以前に、医療機関の受診、産業医や自治体の相談窓口、病気休暇制度の利用を先に検討してください。
ステップ3:外の選択肢の「相場」だけ知っておく
これは今すぐ辞めるための行動ではなく、判断材料を揃える作業です。学校の外に何があるか分からないまま「ここしかない」と思い込むのと、選択肢を知ったうえで「やはりここで働く」と決めるのとでは、同じ職場でも心の持ちようが変わります。
外の選択肢を知る際の、サービスの選び方
教員から民間への転職では、職務経歴書で自分の経験をどう言語化するか(「学級経営」を民間の言葉にどう置き換えるか)に時間をかける人が多いようです。情報収集の入口としては、次のようなジャンルがあります。特定の1社が万能ということはないので、性質の違うものを2〜3種類併用して比較するのが現実的です。
- 総合型の転職エージェント:求人数が多く、業界を絞らずに全体の相場観をつかみたい段階に向く。
- 教育業界特化型のエージェント:教材会社、EdTech、学習塾、学校法人事務など、これまでの経験を活かしやすい領域に詳しい。
- 第二新卒・20代向けサービス:採用1〜3年目で、未経験職種も含めて考えたい場合の相談先。
- 公務員・公的機関経験者向けの支援:自治体職員や関連団体など、公共性の高い分野で経験を活かす道を探す場合。
- 転職サイト(スカウト型):登録して求人を眺めるだけでも、市場でどう評価されるかの目安になる。
比較の観点としては、①教員経験者の支援実績があるか、②年度末など学校のスケジュールに合わせた進め方に理解があるか、③面談が電話・オンラインで完結するか(勤務時間が長いため重要)、の3点を見ておくと選びやすくなります。
まとめ
- 公立学校教員は、民営事業所を対象とする離職率統計の枠外にあり、他業種と単純比較できる「離職率」の数字はない。「教員の離職率は高い/低い」と断言する情報には、出典と対象範囲の確認を。
- 一方で、精神疾患による休職は高止まり(令和6年度7,087人)し、その約半数を小学校が占める。
- 平日の在校等時間は10時間45分、週50時間以上が64.5%と、長時間労働は依然として続いている。
- 教師不足(2025年5月時点で3,827人)が、現場の負荷を押し上げる要因として指摘されている。採用倍率の低下には、定年退職に伴う採用数の増加という要因も絡む。
- 辞めたいと感じる理由は、労働時間・保護者対応・業務の多様化・人間関係・処遇の5つに大別できる。
- 2025年成立の改正給特法により、処遇と働き方の制度は変わり始めている(教職調整額は2026年1月に引き上げ開始、2031年1月に10%予定)。
- 児童の成長実感をやりがいに挙げる先生は約8割(2022年公表調査)。負担とやりがいが同居する仕事である。
ここで紹介した統計は、あくまで全体の傾向です。学校規模、自治体、担当学年、校内の支援体制によって働く環境は大きく異なり、同じ職場でも感じ方には個人差があります。本記事は「小学校教師は全員が辞めたがっている」という趣旨のものではありません。
続けるにしても動くにしても、まずは自分の状況を数字で把握し、外の選択肢の相場を知ること。そこから先の判断は、統計ではなくあなた自身のものです。
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主な出典:文部科学省「令和5年度・令和6年度 公立学校教職員の人事行政状況調査」/文部科学省「令和4年度 教員勤務実態調査」/文部科学省「教師不足に関する実態調査」(2025年5月1日時点)/文部科学省「公立学校教員採用選考試験の実施状況」/文部科学省「令和4年度 学校教員統計調査」/厚生労働省「雇用動向調査」(令和6年上半期・令和7年上半期)/教育新聞「読者アンケート(2025年)」「教員の職業観調査(2022年公表)」/パーソル総合研究所「教員の職業生活に関する定量調査」/改正給特法(2025年6月成立)