「Webデザイナーは離職率が高い」「3年もたないらしい」——検索するとそんな言葉がよく出てきます。けれど実際の統計を開いてみると、話はもう少し複雑です。
この記事では、厚生労働省の公的統計と民間の業界調査をもとに、Webデザイナーという職種で語られる離職理由を整理します。特定の企業や働き方を批判する意図はありません。「自分の不満は職種そのものから来ているのか、それとも今の環境から来ているのか」を切り分けるための材料として読んでいただければと思います。
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先に結論:「職種として離職率が高い/低い」と判定できるデータは存在しない
厚生労働省「令和6年雇用動向調査」(2025年8月公表)によると、令和6年の離職率は産業計で14.2%(前年15.4%から1.2ポイント低下)、Webデザイナーの多くが属する情報通信業は12.4%でした。
数字だけ並べると情報通信業のほうが低く見えますが、この2つを単純比較することはできません。令和6年の離職率は雇用形態によって大きく異なり、一般労働者11.5%に対しパートタイム労働者は21.4%と、倍近い開きがあります。情報通信業はパートタイム比率がもともと低い産業であるため、パート比率の高い産業を含む産業計と並べれば、補正なしでは自動的に低く出ます。「情報通信業は離職率が低い=働きやすい」と読むのは、この時点では早計です。
そしてより根本的な問題として、Webデザイナーという職種単位の公的な離職率統計は存在しません。ここが、この話題を読み解くうえで最も大事なポイントです。「離職率が高いから危ない職種」も「低いから安泰」も、現時点では統計的に言い切れません。
なぜ「Webデザイナーの離職率」は媒体ごとに数字が違うのか
同じテーマの記事を読み比べると、一桁台から30%超まで、まったく違う数字が並んでいることがあります(具体的な数値は媒体によって異なり、出所が明示されていないものも見かけます)。これは誰かが嘘をついているというより、引用している区分が違うためです。主な理由は3つあります。
1. Webデザイナーは複数の業種にまたがっている
Webデザイナーの勤務先は、Web制作会社・広告代理店(サービス業や学術研究、専門・技術サービス業に分類されることが多い)、SIerや自社サービス企業(情報通信業)、一般企業のインハウス部門(小売業やメーカーなど)と幅広く散らばります。どの産業の数字を当てるかで、印象はいくらでも変わります。
2. 「一般労働者(正社員等)」と「パートタイム」で数字が違う
前述のとおり、雇用動向調査は雇用形態別に離職率を出しており、パートタイム労働者を含むかどうかで数値は大きく動きます。制作現場には業務委託・派遣・アルバイトなど多様な契約形態の人がいるため、なおさら差が出ます。
3. 新卒3年以内離職率と、年間離職率は別物
厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」では、令和4年3月卒の大学卒の就職後3年以内の離職率は33.8%(高校卒は37.9%)です。ただしこれは全産業を平均した数字で、産業別に見ると差は大きく、宿泊業・飲食サービス業が5割前後に達する一方、情報通信業は3割前後と全体平均に近い水準です。いずれにせよ「3年間の累計」であり、1年あたりの離職率とは意味がまったく違います。
読者へのおすすめ:数字を見かけたら「どの産業/どの雇用形態/どの期間か」を確認してみてください。それだけで、不安を煽るだけの情報かどうかを見分けやすくなります。
統計・調査から見えるWebデザイナーの離職理由
ここからは、公的統計の離職理由分類と、クリエイター向けの業界調査を重ねて整理します。厚生労働省の雇用動向調査では、個人的理由による離職のうち「労働時間・休日等の労働条件が悪かった」「職場の人間関係が好ましくなかった」「給料等収入が少なかった」「会社の将来が不安だった」が例年上位に並びます。これらがWeb制作の現場ではどんな形で現れるのかを見ていきます。
なお、以下の各項目には根拠の種類をラベルで示しました。公的統計に裏づけがあるものと、民間調査や体験談ベースのものでは、信頼度が異なります。
理由1:収入の伸びしろが見えにくい(公的統計+民間調査)
クリエイター専門エージェントのユウクリ「クリエイターワークス研究所」の調査では、転職時の悩みとして最も多く挙がったのが「給料(年収)が上がらない」でした。
背景としてよく語られるのは、制作費という予算の枠内で働くため、個人の成果と報酬が結びつきにくいという構造です。ただしこれは業界共通の宿命ではなく、デザインのCVR(コンバージョン率)貢献などを数値で管理している現場もあります。売上への貢献を可視化する仕組みがある職場とない職場で、評価と昇給の納得感には差が出やすいと言えます。
一方、雇用動向調査では令和6年の転職入職者の賃金が前職より「増加」した割合は40.5%、「減少」は29.4%と、増加側が上回っています。ただしこれは全産業計の数字であり、Webデザイナーに限った内訳ではありません。「Webデザイナーの4割が転職で増収する」という意味ではない点にご注意ください。
理由2:納期と修正対応のサイクルが重い(公的統計+業界慣行)
受託制作では、案件によってはクライアントの承認待ちで工程が押しても公開日は動かせない、という場面が起こりがちです。いわゆる「戻し」(修正指示)が想定回数を超えて発生すると、そのしわ寄せが制作工程の終盤に集中します。雇用動向調査で上位に来る「労働時間・休日等の労働条件」の不満は、この構造と結びついて語られることが多い項目です。
もちろんすべての案件・発注者がそうなるわけではなく、スケジュールに余裕を持たせる契約や、修正回数を事前に取り決める運用も広く行われています。またユウクリの労働時間調査では、リモート化や裁量のある働き方の広がりにより残業を減らす取り組みが進んでいる実態も報告されています。職場の受注体制や案件の型によって差が大きい領域です。
理由3:評価の基準が共有されにくいと感じる場面がある(民間調査)
デザインの採否は、意思決定の基準が事前に共有されないまま判断される場面があります。「なぜこの案が通り、この案が通らなかったのか」が言語化されないまま結果だけが返ってくる経験が続くと、成長実感が持ちにくくなります。
これは特定の誰かの姿勢の問題というより、評価プロセスの設計の問題として捉えたほうが打ち手を考えやすい領域です。前述のユウクリ調査でも「スキルアップできているのか分からない」「目標となる先輩や上司がいない」が悩みの上位に入っており、評価と成長の不透明さは業界共通のテーマとして挙がっています。
理由4:学び続けるコストが常にかかる(業界動向)
デザインツール、コーディング、CMS、アクセシビリティ対応、計測——Webデザイナーに求められる範囲は年々広がっています。業務時間内に学習時間を確保できる職場と、そうでない職場の差が、そのまま消耗度の差になりやすい分野です。
理由5:「間に立つ」役割による精神的負荷(職務特性からの整理・体験談ベース)
ディレクターや営業を経由してクライアントの意図を受け取り、エンジニアに渡す。この中継地点に立つ職種は、双方の期待値のズレを引き受けやすい立場にあります。人間関係の不満は公的統計でも常に上位に入る項目ですが、「関係者が多いこと」との関連を示す職種別の統計は見当たりません。ここは職務特性からの整理と、編集部が見聞きした範囲の体験談に基づく記述です。
理由6:未経験入職時のイメージとのギャップ(体験談ベース)
「好きなことを仕事に」と考えて入った人ほど、実務の大半が既存サイトの更新・バナー制作・微修正であることにギャップを感じやすい——これは統計ではなく、体験談として語られることが多い話です。
とはいえ、これは職種の欠点というより入職前後の情報格差の問題と捉えられます。求人票の「デザイン業務」が具体的に何を指すのかを確認できたかどうかで、その後の満足度は変わります。
理由7:生成AIと単価への不安(民間調査n=110・注意点あり)
近年、将来不安として語られることが増えたのが「AIに仕事を奪われるのでは」というテーマです。
参考になるデータとして、株式会社日本デザインが2025年12月に公表した調査があります。直近3か月に有償案件を受注したフリーランス・副業のWEBデザイナー110名を対象としたもので、2025年実績として62.7%が案件単価の上昇を実感、AIを活用している層のうち63.2%が「修正回数が減った」と回答しています。
ただし、この調査の読み方には次の注意が必要です。
- 母集団が限定的:「直近3か月に受注実績がある人」だけが対象のため、仕事が減った人・廃業した人は定義上サンプルに入りません(いわゆる生存者バイアス)。
- サンプル数が少ない:n=110、かつ自己申告ベースです。
- 調査主体の立場:調査を行ったのはWebデザインスクールを運営する企業で、「Webデザイナーの見通しが明るい」という結果は事業上の利害と同じ方向を向きます。
したがって、この1調査だけで「AIの影響は軽微」と結論づけることはできません。現時点で言えるのは、AIの影響を「仕事が消える/消えない」の二択で語れるほどのデータはまだ揃っていないということです。不安を過度に煽る必要も、逆に楽観で打ち消す必要もなく、自分の担当領域のうち何が自動化されやすいかを具体的に棚卸ししておくのが現実的な対応になります。
用語の補足
- 戻し/リテイク:クライアントや社内から入る修正指示。回数の上限を契約時に決めているかで負荷が大きく変わります。
- インハウス:自社サイトや自社サービスのデザインを社内で行う体制。受託と比べて納期の裁量が大きい傾向があります。
- UI/UXデザイナー:画面の使い勝手や体験設計を担う職種。Webデザイナーからのキャリア移行先としてよく挙がります。
- アートディレクター(AD):制作物全体のビジュアル方針を決める役割。デザイナーの昇進先の一つです。
「辞めたい」の原因を切り分ける3つの質問
不満の原因が職種にあるのか環境にあるのかで、取るべき行動は変わります。次の3つを自分に当ててみてください。
- 手を動かしている時間そのものは楽しいか? 楽しいなら、見直すべきは職種ではなく環境かもしれません。
- 不満は制度で説明できるか? 評価制度・単価設定・受注体制など、仕組みに由来する不満は、転職や異動で改善する可能性が比較的高い領域です。
- 3年後にいてほしい先輩が社内にいるか? ロールモデルの不在は、個人の努力では埋めにくい要素です。
辞める前に検討できる選択肢
- 社内での役割変更:受託からインハウス部門へ、あるいはディレクション・UI設計側へ。
- 担当領域の変更:更新業務中心から新規制作へ、B2CからB2Bへ。案件の型が変わるだけで負荷感が変わることは珍しくありません。
- 働き方の変更:フルタイム雇用のまま時短・リモート比率を交渉する、という選択肢もあります。
- 副業での試運転:いきなり辞めず、別環境の仕事を小さく試して感触を確かめる方法です(就業規則の確認は必須)。
転職を検討するなら、比較しておきたい観点
もし外を見てみると決めた場合、サービス選びは「有名かどうか」より自分の課題に合っているかで考えると、ミスマッチが起きにくくなります。一般的なジャンルとしては、次のような分け方ができます。
- クリエイター・デザイナー特化型エージェント:ポートフォリオの見せ方や制作会社の内情に詳しい傾向があります。デザイン職として続けたい人向け。
- IT・Web業界特化型エージェント:事業会社のインハウス求人やUI/UX職など、隣接職種への広がりを見たい人向け。
- 総合型の大手エージェント・転職サイト:求人数が多く、異業種も含めて市場感をつかみたい人向け。
- フリーランス向けエージェント/クラウドソーシング:雇用以外の働き方を比較検討したい人向け。単価と稼働の実態を知る材料になります。
サービスごとに扱う求人領域は異なるため、1社だけだと見られる求人に偏りが出ます。一方で、登録先を増やすほど面談や連絡への対応時間もかかります。まずはタイプの違うところを2社程度から始めて、必要に応じて増やすくらいが現実的です。求人票を見るときは、給与レンジだけでなく「担当工程」「案件単価の決まり方」「修正回数の運用」「学習時間の扱い」まで質問しておくと、入社後のギャップを減らせます。
なお、登録=転職ではありません。今の職場の条件が市場相場と比べてどうなのかを知るだけでも、続ける判断の根拠になります。「辞めるために動く」のではなく「選択肢を知っておく」という使い方ができるのがこの段階の利点です。
それでも続ける人が挙げる魅力
離職理由の話に偏りましたが、この職種を長く続けている人も当然たくさんいます。成果物が公開され誰でも見られること、スキルが会社に依存せず持ち運べること、リモートや副業と相性がよいこと、担当領域を変えながらキャリアを伸ばしやすいこと——これらを魅力として挙げる声は多く聞かれます。
次の一歩
- まず自分の不満を「収入」「時間」「評価」「人間関係」「将来性」のどれかに仕分けしてみる。
- その不満が制度由来か、案件由来か、人由来かを確認する。
- 社内で動かせる余地を先に探す。
- そのうえで、比較のために転職サービスで求人・年収の相場だけ見てみる。
なお、この記事と併せて「UI/UXデザイナー」「Webディレクター」「グラフィックデザイナー」「フロントエンドエンジニア」など、隣接職種の離職理由もいずれ整理する予定です。同じ不満が別の職種ではどう現れるのかを見比べると、自分の適性が見えやすくなります。
参考にした主な調査・統計
- 厚生労働省「令和6年 雇用動向調査結果の概況」(2025年8月26日公表)産業別入職・離職率、雇用形態別離職率、転職入職者の賃金変動
- 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」(令和4年3月卒業者の状況)
- 株式会社ユウクリ「クリエイターワークス研究所」クリエイターの仕事満足度調査・転職事情調査
- 株式会社日本デザイン「WEBデザイナー110名に聞いたAI活用・単価動向調査」(2025年12月公表、対象=直近3か月に有償案件を受注したフリーランス・副業のWEBデザイナー110名)
この記事の数字の読み方について
ここで紹介した離職理由は、統計や調査で多く挙がった傾向をまとめたものです。Webデザイナーとして働く人全員が同じ不満を抱えているわけではなく、職場・案件・担当領域・キャリア段階によって感じ方は大きく異なります。同じ環境でも「つらい」と感じる人と「面白い」と感じる人がいます。数字はあくまで自分の状況を考えるための参照点として使い、最終的な判断はご自身の実感を軸にしてください。
Sources:
- 令和6年 雇用動向調査結果の概要(厚生労働省)
- 令和6年雇用動向調査結果の概況(PDF・産業別、雇用形態別の入職率/離職率)
- 新規学卒者の離職状況(厚生労働省)
- 3年以内の離職率が高校卒は前年から0.5ポイント低下、大学卒は1.1ポイント低下(JILPT)
- 令和6年「雇用動向調査」の調査結果―転職入職者の賃金は、前職と比べて「増加」した割合が上昇(労働新聞社)
- デザイナーはどんな時に仕事がつらいと感じるのか?アンケートからわかった本当の転職理由(ユウクリ)
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